リナリアとシオンを乗せた馬車が、ようやくオルウェン伯爵家についた。リナリアが馬車から降りようとするとシオンに笑顔で制止される。
「エスコートさせてほしい」
シオンはそう言いながら馬車から降りると、リナリアに向かって右手を差し出した。
(こんなこと、殿下がすることじゃないわ)
リナリアがためらっているとシオンが「抱きかかえて降ろしてあげようか?」と微笑んだので、慌ててシオンの手に自分の手を重ねる。
シオンにエスコートされ馬車から降りると、まるでお姫様になったような気がした。
(これが、全て演技じゃないなんて……)
今までは罰ゲームだと思っていたからシオンの言動を受け入れていたが、普通ならこんなことは許されることではない。
「ありがとうございます」
リナリアがぎこちなくお礼を言うと、シオンはニッコリと微笑んだ。
「また明日ね」
そう言われても、返事はできない。今までのようにシオンと密会するわけにはいかない。
決して王子たちに近づいてはいけない。だから、憧れているシオンにも近づかずいつも遠くから眺めていた。
(あれ? でも、別にファンとして近づくくらいなら良かったよね?)
婚約者になるわけでもないし、他の女生徒たちがお近づきになるためにローレルやシオンを取り囲んでいる場面を見たこともある。その中に、リナリアが混ざっても良かったはずだ。
どうして今までそうしなかったのか分からない。何か大切なことを忘れているような気がした。
「リナリア?」
シオンに名前を呼ばれて、リナリアは我に返った。
なんて言っていいのか分からず「失礼します」と伝えると、なんだか他人行儀になってしまった。シオンが寂しそうな顔をしているのは気のせいではなさそうだ。
シオンを乗せた馬車は、学園に戻るために走り出した。リナリアは、その馬車が見えなくなるまで見送っていた。
一人になると、深いため息が出る。
(今日は、いろんなことがありすぎて頭が痛いわ)
出迎えてくれたメイドが「お嬢様、大丈夫ですか!?」と驚いた。
「少し頭が痛くて」
メイドは「風邪ですかねぇ?」と言いながら今日は早く寝るように勧めてくれた。
アドバイス通りに早めにベッドに入ったリナリアは、子どもの頃の夢を見た。
*
リナリアがまだ幼かったころ、両親と共に、王宮で開かれるお茶会に参加したことがあった。
大人たちは、皆、難しい話をしている。ヒマをもてあました子どもたちは自然と集まり、それぞれに遊ぶようになった。
その中で、とても綺麗な男の子たちがいた。二人とも王族特有の金髪と紫の瞳だったので、すぐにこの国の王子だと分かった。
女の子たちに囲まれている王子たちを少し離れたところから、リナリアはなんとなく眺めていた。すると、王子の一人が急に側にいた女の子の足を引っかけた。
足を引っかけられた女の子は、派手に転んで泣き出してしまう。
そのとたんに、足を引っかけた男の子が側にいたもう一人の男の子に「ひどいよ、シオン」と責めるような口調で言った。
シオンと呼ばれた男の子は、驚いた様子で「僕じゃない」と言ったが、周りの女の子たちの視線は冷たく、騒ぎに気がついた大人たちも状況を見て「またシオン殿下よ」「まったくシオン殿下の悪戯には困ったものだ」と囁き合っている。
責められたシオンがうつむいてしまったので、リナリアはとっさに「違うわ」と叫んだ。
「今、その子が転んだのは、シオン殿下のせいじゃないわ。私、見ていたもの」
女の子に足をかけた男の子は「じゃあ、どうして転んだの? 私だけにこっそり教えてよ」と言いながら、無理やりリナリアの腕を引っ張った。
「痛い、離して!」
そう叫んでも誰も助けてくれない。それどころかすれ違った女の子は「ローレル殿下と二人きりでお話なんてうらやましいわ」と言っていた。
(どうして誰も助けてくれないの?)
周囲に人がいなくなると、ようやく手を離してもらえた。ローレルに強くつかまれていたせいで手首が痛い。
振り返ったローレルは、先ほどまで浮かべていた笑顔が消え去り、ひどく冷たい目をしていた。
「あの場での印象操作は完璧だと思ったのに」
独り言のように呟いたローレルは、「どうして分かったの?」と無表情にリナリアに問いかけてきた。
「どうしてって、普通に見ていたら、貴方が足をかけたって分かるわ」
「普通は分からないんだよ。なぜなら、私が徹底的に他人の印象を操作しているから。人は見たいものしか見えないし、聞きたいことしか聞こえないんだ」
ローレルは、「君は、王子に媚びるように親から言われていないの?」と聞いてきた。
「こびる……? そんなこと、言われていないわ」
「どこの家門?」
「オルウェンよ」
「ああ、君があの利用され捨てられたオルウェン伯爵家の者か。なるほど、オルウェンなら王族に媚びない理由も分かるね。だから見抜かれたのか」
「オルウェンが利用されたって、どういうこと?」
「理由が分かったから、君にもう用はないよ。今後は君みたいな人には気をつけないといけないね。ああ、そうだ」
ローレルに、急にドンッと肩を押されて突き飛ばされた。尻もちをつくリナリアを、ローレルは鋭い瞳で見下ろしている。
「二度と私の前に現れるな。王宮にも来るな。次に私やシオンに近づいたらその時はどんな目に遭うか……かしこい君なら分かるよね?」
痛みと恐怖でリナリアの目に涙が滲んだ。それを見たローレルは満足そうに口元を歪める。
「今日のことを言いふらしてもいいよ。まぁ、オルウェンである君の言うことなんて誰も信じないけどね。この国には、完璧な第一王子ローレルと、不出来な第二王子シオンがいる。それが皆が望む真実なんだよ」
*
リナリアはベッドの上で目が覚めた。悪夢にうなされていたせいで全身が汗ばみ気持ち悪い。
(どうして、今まで忘れていたの?)
子どものころ、シオンに慰めてもらう前の出来事を、今まですっかり忘れていた。忘れたというより、子どものころのリナリアが、怖い記憶を処理しきれずに、自分を守るため思い出さないようにフタをしたというほうが正しいのかもしれない。
「利用され捨てられたオルウェン伯爵家……?」
リナリアは、夢の中で聞いたローレルの言葉を繰り返した。父からそんな話は聞いたことがないが、一度、ローレルが言っていたことを詳しく調べたほうがいいのかもしれない。
それよりも、今はシオンのことだ。記憶を思い出したことで、シオンへの悪意あるウワサの出所が分かった。
「ローレル殿下が、今もシオン殿下を貶めているんだわ。このことを早くシオン殿下にお伝えしないと!」
リナリアはベッドから慌てて降りた。
「エスコートさせてほしい」
シオンはそう言いながら馬車から降りると、リナリアに向かって右手を差し出した。
(こんなこと、殿下がすることじゃないわ)
リナリアがためらっているとシオンが「抱きかかえて降ろしてあげようか?」と微笑んだので、慌ててシオンの手に自分の手を重ねる。
シオンにエスコートされ馬車から降りると、まるでお姫様になったような気がした。
(これが、全て演技じゃないなんて……)
今までは罰ゲームだと思っていたからシオンの言動を受け入れていたが、普通ならこんなことは許されることではない。
「ありがとうございます」
リナリアがぎこちなくお礼を言うと、シオンはニッコリと微笑んだ。
「また明日ね」
そう言われても、返事はできない。今までのようにシオンと密会するわけにはいかない。
決して王子たちに近づいてはいけない。だから、憧れているシオンにも近づかずいつも遠くから眺めていた。
(あれ? でも、別にファンとして近づくくらいなら良かったよね?)
婚約者になるわけでもないし、他の女生徒たちがお近づきになるためにローレルやシオンを取り囲んでいる場面を見たこともある。その中に、リナリアが混ざっても良かったはずだ。
どうして今までそうしなかったのか分からない。何か大切なことを忘れているような気がした。
「リナリア?」
シオンに名前を呼ばれて、リナリアは我に返った。
なんて言っていいのか分からず「失礼します」と伝えると、なんだか他人行儀になってしまった。シオンが寂しそうな顔をしているのは気のせいではなさそうだ。
シオンを乗せた馬車は、学園に戻るために走り出した。リナリアは、その馬車が見えなくなるまで見送っていた。
一人になると、深いため息が出る。
(今日は、いろんなことがありすぎて頭が痛いわ)
出迎えてくれたメイドが「お嬢様、大丈夫ですか!?」と驚いた。
「少し頭が痛くて」
メイドは「風邪ですかねぇ?」と言いながら今日は早く寝るように勧めてくれた。
アドバイス通りに早めにベッドに入ったリナリアは、子どもの頃の夢を見た。
*
リナリアがまだ幼かったころ、両親と共に、王宮で開かれるお茶会に参加したことがあった。
大人たちは、皆、難しい話をしている。ヒマをもてあました子どもたちは自然と集まり、それぞれに遊ぶようになった。
その中で、とても綺麗な男の子たちがいた。二人とも王族特有の金髪と紫の瞳だったので、すぐにこの国の王子だと分かった。
女の子たちに囲まれている王子たちを少し離れたところから、リナリアはなんとなく眺めていた。すると、王子の一人が急に側にいた女の子の足を引っかけた。
足を引っかけられた女の子は、派手に転んで泣き出してしまう。
そのとたんに、足を引っかけた男の子が側にいたもう一人の男の子に「ひどいよ、シオン」と責めるような口調で言った。
シオンと呼ばれた男の子は、驚いた様子で「僕じゃない」と言ったが、周りの女の子たちの視線は冷たく、騒ぎに気がついた大人たちも状況を見て「またシオン殿下よ」「まったくシオン殿下の悪戯には困ったものだ」と囁き合っている。
責められたシオンがうつむいてしまったので、リナリアはとっさに「違うわ」と叫んだ。
「今、その子が転んだのは、シオン殿下のせいじゃないわ。私、見ていたもの」
女の子に足をかけた男の子は「じゃあ、どうして転んだの? 私だけにこっそり教えてよ」と言いながら、無理やりリナリアの腕を引っ張った。
「痛い、離して!」
そう叫んでも誰も助けてくれない。それどころかすれ違った女の子は「ローレル殿下と二人きりでお話なんてうらやましいわ」と言っていた。
(どうして誰も助けてくれないの?)
周囲に人がいなくなると、ようやく手を離してもらえた。ローレルに強くつかまれていたせいで手首が痛い。
振り返ったローレルは、先ほどまで浮かべていた笑顔が消え去り、ひどく冷たい目をしていた。
「あの場での印象操作は完璧だと思ったのに」
独り言のように呟いたローレルは、「どうして分かったの?」と無表情にリナリアに問いかけてきた。
「どうしてって、普通に見ていたら、貴方が足をかけたって分かるわ」
「普通は分からないんだよ。なぜなら、私が徹底的に他人の印象を操作しているから。人は見たいものしか見えないし、聞きたいことしか聞こえないんだ」
ローレルは、「君は、王子に媚びるように親から言われていないの?」と聞いてきた。
「こびる……? そんなこと、言われていないわ」
「どこの家門?」
「オルウェンよ」
「ああ、君があの利用され捨てられたオルウェン伯爵家の者か。なるほど、オルウェンなら王族に媚びない理由も分かるね。だから見抜かれたのか」
「オルウェンが利用されたって、どういうこと?」
「理由が分かったから、君にもう用はないよ。今後は君みたいな人には気をつけないといけないね。ああ、そうだ」
ローレルに、急にドンッと肩を押されて突き飛ばされた。尻もちをつくリナリアを、ローレルは鋭い瞳で見下ろしている。
「二度と私の前に現れるな。王宮にも来るな。次に私やシオンに近づいたらその時はどんな目に遭うか……かしこい君なら分かるよね?」
痛みと恐怖でリナリアの目に涙が滲んだ。それを見たローレルは満足そうに口元を歪める。
「今日のことを言いふらしてもいいよ。まぁ、オルウェンである君の言うことなんて誰も信じないけどね。この国には、完璧な第一王子ローレルと、不出来な第二王子シオンがいる。それが皆が望む真実なんだよ」
*
リナリアはベッドの上で目が覚めた。悪夢にうなされていたせいで全身が汗ばみ気持ち悪い。
(どうして、今まで忘れていたの?)
子どものころ、シオンに慰めてもらう前の出来事を、今まですっかり忘れていた。忘れたというより、子どものころのリナリアが、怖い記憶を処理しきれずに、自分を守るため思い出さないようにフタをしたというほうが正しいのかもしれない。
「利用され捨てられたオルウェン伯爵家……?」
リナリアは、夢の中で聞いたローレルの言葉を繰り返した。父からそんな話は聞いたことがないが、一度、ローレルが言っていたことを詳しく調べたほうがいいのかもしれない。
それよりも、今はシオンのことだ。記憶を思い出したことで、シオンへの悪意あるウワサの出所が分かった。
「ローレル殿下が、今もシオン殿下を貶めているんだわ。このことを早くシオン殿下にお伝えしないと!」
リナリアはベッドから慌てて降りた。