サジェスは転校の手続きをするために、今日、久しぶりに学園に登校することになった。
サジェスが学園に行くことは、事前にシオンに連絡していて「君からリナリアに会いに行かないならいいよ」と許可も得ている。
シオンの命令で折られたサジェスの左腕はまだ完治していないが、医者に診てもらうと医者が驚くくらい的確に処置されていたらしく、このまま固定していれば後遺症もなく綺麗に治るそうだ。
久しぶりに訪れた学園は、たった二週間ほど休んだだけなのに、とても懐かしく思えた。サジェスが教室に顔を出すと、いつもの連中が駆け寄ってきた。
「サジェス、転校するんだって!?」
「本当なのかよ!? ってお前、その腕どうしたんだ!?」
「腕は剣の訓練中にへまやってな。転校のことは本当だ」
友人たちの質問に、サジェスは作り笑いを浮かべて答えた。
『ずっと騎士になりたかったこと』『ようやく両親の許可がおりて騎士の学校に通えることになった』など、シオンが作った設定を忠実に再現していく。
そうしているうちに、サジェスがリナリアにひどい罰ゲームをすることを提案して以来、仲たがいしていた友人が近寄ってきた。
友人はぶっきらぼうに「向こうに行っても頑張れよ」と言ってくれた。
「ああ、お前も頑張れよ」
お互いに右手を出してパンッと手を叩き合うと、それはもう仲直りの合図だった。
「転校先は遠いのか?」
「ああ、遠いな。向こうは寮生活だし、卒業するまでこっちには戻って来ない」
それもシオンが出した条件だった。
「そっか、寂しくなるなぁ」
「でもさ、サジェスは良い奴だから、どこに行ってもすぐに友達ができるよ!」
そう言ってくれた友人に「ああ、俺もそう思う」と冗談で返して、しばらくたわいもない会話をしてから、「じゃあな」と伝えてサジェスは教室をあとにした。
一人になると、『本当に良い奴は、好きな女性に暴言吐いたり、乱暴したりしないって……』と自分自身を軽蔑しながら口元を歪めた。
転校の手続きは、書類一枚にサインをすると、あっという間に終わってしまった。
(もう、この学園には通えないのか……)
それは二度とリナリアに会えないということでもある。
(あんなに傷つけて、ひどいことをしたのに、最後に一目でいいからリナリアに会いたいって思ってしまう俺はやっぱり最低だ……)
通いなれた校舎に背中を向けると、背後から「待って!」と声をかけられた。振り返ると息をきらしたリナリアが立っていた。
「……リ、ナリア?」
サジェスが驚いていると、リナリアは「ケイトに聞いたの」と教えてくれた。
「ねぇ、もしかして、貴方が転校するのは私のせい?」
悲しそうな表情でリナリアは、そんなことを聞いてくる。リナリアの声が聞こえているはずなのに、サジェスはリナリアに見とれてしまい、すぐには答えられなかった。
(ああ……綺麗だな)
好きだと分かってから見るリナリアは、とても美しかった。その髪も瞳も唇もどれも輝いて見える。リナリアの瞳に自分が映っていることが嬉しくて仕方がない。
(……やっぱ、俺、リナリアが好きだ)
しかし、この気持ちは決して伝えるわけにはいかない。伝えてしまうと、シオンは本気でケイトを傷つけるだろう。
サジェスはグッと両手を握りしめると、「転校は、お前のせいじゃない」とリナリアに伝えた。
「そうなの?」
「ああ、俺は前から騎士になりたかったんだ。でも両親が認めてくれずイライラしていた。だから、お前に八つ当たりしてたんだよ」
リナリアの顔から悲しみが消えて、その瞳に軽蔑の色が浮かぶ。
――好きだ。
「今まで……悪かったな」
――本当は、お前のことが大好きなんだ。
今にも口から出てきそうな本音をサジェスは必死に抑え込む。
リナリアは眉をしかめて「許さないわ」と言った。
「そうだよな……」
これこそが自分が招いた結末だとサジェスは思った。
「私は一生、貴方を許してあげない。貴方のことは一生嫌いなままだわ」
「……ああ」
リナリアは少しうつむいたあとに、ゆっくりと顔を上げた。まっすぐにサジェスを見つめるその美しい瞳から目が離せなくなる。
「でも、もし、本当に今までのことを悪いと思っているなら、サジェスが誰かを好きになったそのときは、その子には優しくしてあげてね。絶対に『お前』なんて言わないで。手や肩を乱暴につかまないで。感情のままに怒鳴らないで。本当は誰にでも優しくしてほしいけど、それが無理なら、貴方の好きな人だけでいいから、優しく大切にしてあげて」
(もし、俺がリナリアに優しくしていたら……)
リナリアに笑顔を向けて優しくエスコートしていたら? もし、シオンがいなかったら……?
(君の隣で笑える、幸せな未来があったのかな?)
今にもこぼれてしまいそうな涙をこらえてサジェスは「分かった……絶対に、絶対に大切にする」と初めて愛した人に約束した。
リナリアは、最後にニッコリと微笑んでくれた。
そのあとは、リナリアと別れて馬車に乗り込んだ。一人きりになると、必死にこらえていた涙が溢れる。最後に見せてくれたリナリアの笑顔がまぶたの裏に焼き付いて離れない。
(リナリア、本当にごめんな)
罪の意識と後悔に押しつぶされてしまいそうになりながら、言葉にならない嗚咽が馬車内に響いた。
(俺は君にひどいことしかしなかったし、最後までずっと嫌われたままだったけど……。それでも。初めて愛した人が、リナリア。君で良かった)
今はまだ別の人を好きになるなんて想像もできないが、いつか他の誰かを好きになったそのときは、リナリアと交わした約束を必ず守ると、サジェスは固く誓った。
サジェスが学園に行くことは、事前にシオンに連絡していて「君からリナリアに会いに行かないならいいよ」と許可も得ている。
シオンの命令で折られたサジェスの左腕はまだ完治していないが、医者に診てもらうと医者が驚くくらい的確に処置されていたらしく、このまま固定していれば後遺症もなく綺麗に治るそうだ。
久しぶりに訪れた学園は、たった二週間ほど休んだだけなのに、とても懐かしく思えた。サジェスが教室に顔を出すと、いつもの連中が駆け寄ってきた。
「サジェス、転校するんだって!?」
「本当なのかよ!? ってお前、その腕どうしたんだ!?」
「腕は剣の訓練中にへまやってな。転校のことは本当だ」
友人たちの質問に、サジェスは作り笑いを浮かべて答えた。
『ずっと騎士になりたかったこと』『ようやく両親の許可がおりて騎士の学校に通えることになった』など、シオンが作った設定を忠実に再現していく。
そうしているうちに、サジェスがリナリアにひどい罰ゲームをすることを提案して以来、仲たがいしていた友人が近寄ってきた。
友人はぶっきらぼうに「向こうに行っても頑張れよ」と言ってくれた。
「ああ、お前も頑張れよ」
お互いに右手を出してパンッと手を叩き合うと、それはもう仲直りの合図だった。
「転校先は遠いのか?」
「ああ、遠いな。向こうは寮生活だし、卒業するまでこっちには戻って来ない」
それもシオンが出した条件だった。
「そっか、寂しくなるなぁ」
「でもさ、サジェスは良い奴だから、どこに行ってもすぐに友達ができるよ!」
そう言ってくれた友人に「ああ、俺もそう思う」と冗談で返して、しばらくたわいもない会話をしてから、「じゃあな」と伝えてサジェスは教室をあとにした。
一人になると、『本当に良い奴は、好きな女性に暴言吐いたり、乱暴したりしないって……』と自分自身を軽蔑しながら口元を歪めた。
転校の手続きは、書類一枚にサインをすると、あっという間に終わってしまった。
(もう、この学園には通えないのか……)
それは二度とリナリアに会えないということでもある。
(あんなに傷つけて、ひどいことをしたのに、最後に一目でいいからリナリアに会いたいって思ってしまう俺はやっぱり最低だ……)
通いなれた校舎に背中を向けると、背後から「待って!」と声をかけられた。振り返ると息をきらしたリナリアが立っていた。
「……リ、ナリア?」
サジェスが驚いていると、リナリアは「ケイトに聞いたの」と教えてくれた。
「ねぇ、もしかして、貴方が転校するのは私のせい?」
悲しそうな表情でリナリアは、そんなことを聞いてくる。リナリアの声が聞こえているはずなのに、サジェスはリナリアに見とれてしまい、すぐには答えられなかった。
(ああ……綺麗だな)
好きだと分かってから見るリナリアは、とても美しかった。その髪も瞳も唇もどれも輝いて見える。リナリアの瞳に自分が映っていることが嬉しくて仕方がない。
(……やっぱ、俺、リナリアが好きだ)
しかし、この気持ちは決して伝えるわけにはいかない。伝えてしまうと、シオンは本気でケイトを傷つけるだろう。
サジェスはグッと両手を握りしめると、「転校は、お前のせいじゃない」とリナリアに伝えた。
「そうなの?」
「ああ、俺は前から騎士になりたかったんだ。でも両親が認めてくれずイライラしていた。だから、お前に八つ当たりしてたんだよ」
リナリアの顔から悲しみが消えて、その瞳に軽蔑の色が浮かぶ。
――好きだ。
「今まで……悪かったな」
――本当は、お前のことが大好きなんだ。
今にも口から出てきそうな本音をサジェスは必死に抑え込む。
リナリアは眉をしかめて「許さないわ」と言った。
「そうだよな……」
これこそが自分が招いた結末だとサジェスは思った。
「私は一生、貴方を許してあげない。貴方のことは一生嫌いなままだわ」
「……ああ」
リナリアは少しうつむいたあとに、ゆっくりと顔を上げた。まっすぐにサジェスを見つめるその美しい瞳から目が離せなくなる。
「でも、もし、本当に今までのことを悪いと思っているなら、サジェスが誰かを好きになったそのときは、その子には優しくしてあげてね。絶対に『お前』なんて言わないで。手や肩を乱暴につかまないで。感情のままに怒鳴らないで。本当は誰にでも優しくしてほしいけど、それが無理なら、貴方の好きな人だけでいいから、優しく大切にしてあげて」
(もし、俺がリナリアに優しくしていたら……)
リナリアに笑顔を向けて優しくエスコートしていたら? もし、シオンがいなかったら……?
(君の隣で笑える、幸せな未来があったのかな?)
今にもこぼれてしまいそうな涙をこらえてサジェスは「分かった……絶対に、絶対に大切にする」と初めて愛した人に約束した。
リナリアは、最後にニッコリと微笑んでくれた。
そのあとは、リナリアと別れて馬車に乗り込んだ。一人きりになると、必死にこらえていた涙が溢れる。最後に見せてくれたリナリアの笑顔がまぶたの裏に焼き付いて離れない。
(リナリア、本当にごめんな)
罪の意識と後悔に押しつぶされてしまいそうになりながら、言葉にならない嗚咽が馬車内に響いた。
(俺は君にひどいことしかしなかったし、最後までずっと嫌われたままだったけど……。それでも。初めて愛した人が、リナリア。君で良かった)
今はまだ別の人を好きになるなんて想像もできないが、いつか他の誰かを好きになったそのときは、リナリアと交わした約束を必ず守ると、サジェスは固く誓った。