シオンは、愛おしいリナリアと手を繋ぎながら、王家の馬車へと向かって学園内を歩き出した。
リナリアは今日起こったことが理解できず、不思議そうに首をかしげている。それだけでこんなに魅力的なのだから、少しも目を離すことができない。
(今日だって、少しリナリアから目を離しただけで侯爵令嬢に呼び出されているし……)
名前は覚える気もないので覚えていないが、王宮でのお茶会で何回か見かけたことがある顔だった。
リナリアを呼び出した侯爵令嬢は、親切な先輩ぶってリナリアと仲良くなろうとしていた。だから、リナリアと別れたあとに呼び止めて、「リナリアと仲良くならないで」と優しく丁寧にお願いした。
多少脅すような言葉を使ってしまい、侯爵令嬢が怯えていたが、大切なリナリアに近づこうとしたのだから仕方ない。
リナリアの仲の良い友人は『ケイト』という伯爵令嬢だけで十分だった。本当ならそのケイトすらリナリアにまとわりついてうっとうしいと感じているのに、これ以上増えてもらったら困る。
(リナリアは、誰にでも優しいからね)
だから、品のない女生徒たちに嫌味を言われても言い返しもしない。
昼休みにリナリアに、「貴女、その外見でよく殿下のお側にいられるわね?」「私だったら恥ずかしくて無理だわ」と言った女生徒たちの前に、シオンはわざと姿を現した。
とたんに女生徒たちは頬を染めて上目使いで「シオン殿下、ごきげんよう」などと言ってくる。そんな女生徒たちにシオンはニッコリと微笑みかけた。
「さっきの見ていたよ。人の外見を貶めるような醜い心でよく私に声をかけられたね。恥ずかしくないの?」
一瞬ポカンとした女生徒たちは、すぐに羞恥で顔を赤くする。
「君たちは、私がリナリアと付き合っていると知っていてリナリアを侮辱したんだよね? それはつまり、王子であるこの私を侮辱しているんだね。学生だから何をしても許してもらえるとでも? どうして王族にだけ学園内でも護衛がついていると思う? この国には、王族侮辱罪(おうぞくぶじょくざい)という罪名(ざいめい)があることは知っているかな?」
シオンがニコニコと微笑みながら問いかけると、女生徒たちはガタガタと震えだした。
「ち、違います!」
「私たちは、そのようなつもりでは!?」
シオンはスッと笑顔を消して「じゃあ、どういうつもりだったの? 私の愛する人を侮辱した理由を、私が納得できるように説明してよ」と淡々と伝えた。
真っ青になりながら「申し訳ありません」と涙する女生徒たちにシオンはもう一度ニッコリと微笑みかけた。
「なるほど、少し誤解があったのかな? だって、私とリナリアは、とてもお似合いだもの。君たちがリナリアを侮辱する理由なんて一つもないよね」
「は、はい、もちろんです!」
「とてもっ、とてもお似合いです!」
「だよね。そうだと思った。じゃあ、リナリアにもちゃんとそう伝えてね」
「は、はい!」
泣きながら謝罪する女生徒たちを残してシオンはその場をあとにした。
(少し言われて泣くくらいなら、やらなければいいのに)
あきれながらも、シオンは『今日の護衛がゼダじゃなくて良かった』と思った。
幼い頃から第二王子として教育を受けたシオンは、勉強はもちろんのこと、剣術や馬術も兄ローレルほどではないにしろ、なんでも人並み以上にできたので、もうこの学園で学べることはなかった。
なのでシオンが学園に通う理由はただ一つ、リナリアを見守るためだけだ。
同じく学園に通う理由がないローレルは、「学園に通うのは、社交を学び、より良い人脈をつくるためだよ」などとウソくさいことを言っているが、そもそもローレルとシオンを見分けられない人たちといくら関係を築こうがシオンには意味があるとは思えない。
だから、学園に着くと、シオンは一日中リナリアを見守っていた。ゼダが護衛のときは、何か言いたそうな視線を向けてくるのでやりにくさを感じることもあるが、今日の護衛は、ゼダの兄ギアムなのでその心配はない。
今朝、リナリアと別れたあとにすぐに護衛のギアムと合流すると、シオンはギアムに「休んでいていいよ」と声をかけた。
ギアムは「両殿下の護衛は、楽でいいです」と言いながら側にあるベンチに横になった。すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。
ギアムは、強い上にこだわりや正義感がないため、他の王族や権力者たちからすれば、使い勝手が良いようでいつも忙しそうだ。
以前から「ギアムを殿下の護衛から外そう」という声が上がっているが、ギアムは「絶対に嫌です」と断っている。
それは決して王子たちへの忠誠心からではなく、「両殿下の護衛から外れると、より難しく責任がある仕事を任されそうで嫌なんです」と言っていた。
(まぁ、常に側にいる護衛が私たちに関心がないのは、こちらとしても都合が良いからね)
ゼダには咎められるようなことでも、ギアムが護衛のときにはできてしまう。ローレルもギアムが護衛のときに好き勝手しているようだ。
だから、ローレルもギアムを護衛から外そうとはしない。ローレルの意見は、この国の誰の意見よりも優先されるので、ローレルが「外さない」と言えば、ギアムは王子の護衛から外されることはない。
ただ、公式の場にギアムを連れて行くとそのやる気のなさから悪目立ちするので、それを防ぐためにローレルはゼダを連れて行くようだ。
そういう事情があって、リナリアと恋人のふりを始めた今日が、ギアムの護衛なのはシオンにとって都合が良かった。
(今日は思う存分、リナリアを守れる)
第二王子であるシオンと恋人のふりをすれば、リナリアに心無い言葉をかける人たちが必ずいるはずだ。そのせいでリナリアが傷つくのは許せない。
シオンとしては、本当ならリナリアとすぐにでも婚約して、リナリアを傷つけようとするすべてのものから守りたいが、『第二王子』という肩書がついている今はまだできない。
この国の法律では、王族のままでは、伯爵家の跡取りであるリナリアを婚約者にすることは絶対にできないからだ。
(だから、こんなムダな肩書は早く捨ててしまわないとね)
そのためには、王室から除名してもらえばいい。ただ、シオンを利用したいローレルは、それを絶対に許さないため、ローレルにばれないように上手くやる必要があった。しかも、ただの除名ではいけない。王室から一時的に除名されても、将来的に公爵の地位を与えられ、ローレルに一生利用されるのは目に見えている。
――どうしても、リナリアの側にいたい。どうしてもリナリアと結婚したい。
たった一つだけの願いを叶えるために、子どものころから考えに考えた結果、シオンは、今までローレルが作り上げた『シオンの悪評』を逆に利用することを思いついた。
性格が悪く乱暴者で女遊びが激しいシオン。兄より格段に劣る弟。国王になったローレルを一生支えるためだけの存在。
(だったら、私がローレルの側にいるだけで不利益だと周囲に思わせればいい)
シオンの悪評をさらに広めて、『未来のローレル王の臣下にすら相応しくない』と周りが決めればいい。そのためには、学生という身分であるうちに、犯罪に問われないギリギリラインで悪評を広めていく必要がある。
(私の悪評をなくそうと思ってくれているリナリアには申し訳ないけど……)
悪評がさらに広まれば、両親を含めてローレルに心酔している人たちがやることは『シオンの厄介払い』だろう。
処刑するわけにもいかない厄介者の王族の行く先は、条件の良くない婿養子だ。厄介者を国外に出すわけにもいかず、権力を持たせるわけにもいかないので国内の貴族への婿養子は条件として絶対だ。
こうなって初めて、シオンとリナリアが結婚できる可能性が出てくる。しかし、問題はリナリアは、厄介者を押し付ける婿養子先としては条件が良すぎることだ。
(いくら王家と過去に問題があったからとはいえ、オルウェン伯爵家はとても裕福だし、なによりリナリアだよ? あのリナリアと結婚できるんだよ? そんなの婿養子に入りたい男なんて数え切れないほどいるからね)
リナリアに好意を寄せている男は一目で分かった。実際にリナリアに声をかけようとした男たちは、声をかける前におどして今後一切リナリアに近づかないことを約束させた。
同学年のサジェスも、リナリアに好意を持つ男の一人だったが、自分から勝手に自滅してくれたのでそのままにしておいた。
リナリアの男性の好みが分からなかったので、リナリアにわざわざ嫌われるような言動をしてくれるサジェスの存在はむしろ有難かった。
(サジェスと比べたら私のほうがまだマシだと、リナリアに思ってもらえるよね……たぶん)
ただ、リナリアと仲良くなれてから、シオンがリナリアにどれほど好意を伝えても伝わらないのは、サジェスの暴言のせいではないのかと思えてきた。
はっきりとリナリアに言われたわけではないが、リナリアの言動からは『私なんかがシオンに愛してもらえるはずがない』という強い思い込みを感じる。
(あんな男の言葉を信じて、リナリアは傷ついていたんだね。やっぱりサジェスも脅してリナリアに近づかないようにしておけば良かった……。もう二度とリナリアが傷つくようなことはさせないからね)
シオンは隣を歩くリナリアに気がつかれないように、決意を込めて小さく頷いた。
リナリアは今日起こったことが理解できず、不思議そうに首をかしげている。それだけでこんなに魅力的なのだから、少しも目を離すことができない。
(今日だって、少しリナリアから目を離しただけで侯爵令嬢に呼び出されているし……)
名前は覚える気もないので覚えていないが、王宮でのお茶会で何回か見かけたことがある顔だった。
リナリアを呼び出した侯爵令嬢は、親切な先輩ぶってリナリアと仲良くなろうとしていた。だから、リナリアと別れたあとに呼び止めて、「リナリアと仲良くならないで」と優しく丁寧にお願いした。
多少脅すような言葉を使ってしまい、侯爵令嬢が怯えていたが、大切なリナリアに近づこうとしたのだから仕方ない。
リナリアの仲の良い友人は『ケイト』という伯爵令嬢だけで十分だった。本当ならそのケイトすらリナリアにまとわりついてうっとうしいと感じているのに、これ以上増えてもらったら困る。
(リナリアは、誰にでも優しいからね)
だから、品のない女生徒たちに嫌味を言われても言い返しもしない。
昼休みにリナリアに、「貴女、その外見でよく殿下のお側にいられるわね?」「私だったら恥ずかしくて無理だわ」と言った女生徒たちの前に、シオンはわざと姿を現した。
とたんに女生徒たちは頬を染めて上目使いで「シオン殿下、ごきげんよう」などと言ってくる。そんな女生徒たちにシオンはニッコリと微笑みかけた。
「さっきの見ていたよ。人の外見を貶めるような醜い心でよく私に声をかけられたね。恥ずかしくないの?」
一瞬ポカンとした女生徒たちは、すぐに羞恥で顔を赤くする。
「君たちは、私がリナリアと付き合っていると知っていてリナリアを侮辱したんだよね? それはつまり、王子であるこの私を侮辱しているんだね。学生だから何をしても許してもらえるとでも? どうして王族にだけ学園内でも護衛がついていると思う? この国には、王族侮辱罪(おうぞくぶじょくざい)という罪名(ざいめい)があることは知っているかな?」
シオンがニコニコと微笑みながら問いかけると、女生徒たちはガタガタと震えだした。
「ち、違います!」
「私たちは、そのようなつもりでは!?」
シオンはスッと笑顔を消して「じゃあ、どういうつもりだったの? 私の愛する人を侮辱した理由を、私が納得できるように説明してよ」と淡々と伝えた。
真っ青になりながら「申し訳ありません」と涙する女生徒たちにシオンはもう一度ニッコリと微笑みかけた。
「なるほど、少し誤解があったのかな? だって、私とリナリアは、とてもお似合いだもの。君たちがリナリアを侮辱する理由なんて一つもないよね」
「は、はい、もちろんです!」
「とてもっ、とてもお似合いです!」
「だよね。そうだと思った。じゃあ、リナリアにもちゃんとそう伝えてね」
「は、はい!」
泣きながら謝罪する女生徒たちを残してシオンはその場をあとにした。
(少し言われて泣くくらいなら、やらなければいいのに)
あきれながらも、シオンは『今日の護衛がゼダじゃなくて良かった』と思った。
幼い頃から第二王子として教育を受けたシオンは、勉強はもちろんのこと、剣術や馬術も兄ローレルほどではないにしろ、なんでも人並み以上にできたので、もうこの学園で学べることはなかった。
なのでシオンが学園に通う理由はただ一つ、リナリアを見守るためだけだ。
同じく学園に通う理由がないローレルは、「学園に通うのは、社交を学び、より良い人脈をつくるためだよ」などとウソくさいことを言っているが、そもそもローレルとシオンを見分けられない人たちといくら関係を築こうがシオンには意味があるとは思えない。
だから、学園に着くと、シオンは一日中リナリアを見守っていた。ゼダが護衛のときは、何か言いたそうな視線を向けてくるのでやりにくさを感じることもあるが、今日の護衛は、ゼダの兄ギアムなのでその心配はない。
今朝、リナリアと別れたあとにすぐに護衛のギアムと合流すると、シオンはギアムに「休んでいていいよ」と声をかけた。
ギアムは「両殿下の護衛は、楽でいいです」と言いながら側にあるベンチに横になった。すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。
ギアムは、強い上にこだわりや正義感がないため、他の王族や権力者たちからすれば、使い勝手が良いようでいつも忙しそうだ。
以前から「ギアムを殿下の護衛から外そう」という声が上がっているが、ギアムは「絶対に嫌です」と断っている。
それは決して王子たちへの忠誠心からではなく、「両殿下の護衛から外れると、より難しく責任がある仕事を任されそうで嫌なんです」と言っていた。
(まぁ、常に側にいる護衛が私たちに関心がないのは、こちらとしても都合が良いからね)
ゼダには咎められるようなことでも、ギアムが護衛のときにはできてしまう。ローレルもギアムが護衛のときに好き勝手しているようだ。
だから、ローレルもギアムを護衛から外そうとはしない。ローレルの意見は、この国の誰の意見よりも優先されるので、ローレルが「外さない」と言えば、ギアムは王子の護衛から外されることはない。
ただ、公式の場にギアムを連れて行くとそのやる気のなさから悪目立ちするので、それを防ぐためにローレルはゼダを連れて行くようだ。
そういう事情があって、リナリアと恋人のふりを始めた今日が、ギアムの護衛なのはシオンにとって都合が良かった。
(今日は思う存分、リナリアを守れる)
第二王子であるシオンと恋人のふりをすれば、リナリアに心無い言葉をかける人たちが必ずいるはずだ。そのせいでリナリアが傷つくのは許せない。
シオンとしては、本当ならリナリアとすぐにでも婚約して、リナリアを傷つけようとするすべてのものから守りたいが、『第二王子』という肩書がついている今はまだできない。
この国の法律では、王族のままでは、伯爵家の跡取りであるリナリアを婚約者にすることは絶対にできないからだ。
(だから、こんなムダな肩書は早く捨ててしまわないとね)
そのためには、王室から除名してもらえばいい。ただ、シオンを利用したいローレルは、それを絶対に許さないため、ローレルにばれないように上手くやる必要があった。しかも、ただの除名ではいけない。王室から一時的に除名されても、将来的に公爵の地位を与えられ、ローレルに一生利用されるのは目に見えている。
――どうしても、リナリアの側にいたい。どうしてもリナリアと結婚したい。
たった一つだけの願いを叶えるために、子どものころから考えに考えた結果、シオンは、今までローレルが作り上げた『シオンの悪評』を逆に利用することを思いついた。
性格が悪く乱暴者で女遊びが激しいシオン。兄より格段に劣る弟。国王になったローレルを一生支えるためだけの存在。
(だったら、私がローレルの側にいるだけで不利益だと周囲に思わせればいい)
シオンの悪評をさらに広めて、『未来のローレル王の臣下にすら相応しくない』と周りが決めればいい。そのためには、学生という身分であるうちに、犯罪に問われないギリギリラインで悪評を広めていく必要がある。
(私の悪評をなくそうと思ってくれているリナリアには申し訳ないけど……)
悪評がさらに広まれば、両親を含めてローレルに心酔している人たちがやることは『シオンの厄介払い』だろう。
処刑するわけにもいかない厄介者の王族の行く先は、条件の良くない婿養子だ。厄介者を国外に出すわけにもいかず、権力を持たせるわけにもいかないので国内の貴族への婿養子は条件として絶対だ。
こうなって初めて、シオンとリナリアが結婚できる可能性が出てくる。しかし、問題はリナリアは、厄介者を押し付ける婿養子先としては条件が良すぎることだ。
(いくら王家と過去に問題があったからとはいえ、オルウェン伯爵家はとても裕福だし、なによりリナリアだよ? あのリナリアと結婚できるんだよ? そんなの婿養子に入りたい男なんて数え切れないほどいるからね)
リナリアに好意を寄せている男は一目で分かった。実際にリナリアに声をかけようとした男たちは、声をかける前におどして今後一切リナリアに近づかないことを約束させた。
同学年のサジェスも、リナリアに好意を持つ男の一人だったが、自分から勝手に自滅してくれたのでそのままにしておいた。
リナリアの男性の好みが分からなかったので、リナリアにわざわざ嫌われるような言動をしてくれるサジェスの存在はむしろ有難かった。
(サジェスと比べたら私のほうがまだマシだと、リナリアに思ってもらえるよね……たぶん)
ただ、リナリアと仲良くなれてから、シオンがリナリアにどれほど好意を伝えても伝わらないのは、サジェスの暴言のせいではないのかと思えてきた。
はっきりとリナリアに言われたわけではないが、リナリアの言動からは『私なんかがシオンに愛してもらえるはずがない』という強い思い込みを感じる。
(あんな男の言葉を信じて、リナリアは傷ついていたんだね。やっぱりサジェスも脅してリナリアに近づかないようにしておけば良かった……。もう二度とリナリアが傷つくようなことはさせないからね)
シオンは隣を歩くリナリアに気がつかれないように、決意を込めて小さく頷いた。