サジェスが登校すると、学園内に人だかりができていた。なんとなく人だかりの中心を見たサジェスは、仲が良さそうなリナリアと第二王子シオンを見て固まった。

(……は?)

 モブ女ことリナリアが、シオンに寄り添って歩いている。そのとたんに、サジェスの脳内に昨日のリナリアの言葉がよみがえった。

『……いるわ。私のこと、可愛いって言って、いつも丁寧にエスコートしてくれる人』

 あのときはリナリアが見栄を張ってウソをついていると思ったが、どうやら遊び人のシオンにまんまと騙され、もてあそばれているようだ。

(あのバカ女ッ!)

 愚かなリナリアを睨みつけると、リナリアは幸せそうな笑みを浮かべてシオンを見つめていた。

(俺には、そんな顔、一度も見せたことない……)

 憎悪に近い感情が沸き上がり、気がつけばサジェスは歯を強く噛み締めていた。リナリアを見ると、いつも感情が乱れておかしくなってしまう。

(なんでだよ!? アイツは、ただの妹の友達だろ!?)

 サジェスとリナリアとの出会いは、妹のケイトが学園でできたという新しい友人を家に招待したときだった。

 可愛い妹は、昔から変な奴に付きまとわれたり、絡まれたりしている。それは男女問わずで、学園に入学するまでは『自称ケイトの友人』という女たちがケイトを利用して、サジェスやサジェスの兄に近づいてきたことがあった。

 そのときは、どうしてそんなことをするのか分からなかったが、兄が言うには自分たちは、顔がかなり良いらしく女性たちは隙あらばお近づきになりたいと思うような容姿をしているらしい。

 だから、近づくためにケイトが利用された。しかも、自称友人の女たちは、ケイトに「私たち、友達だよね?」と言いながら面倒なことを押し付けたり、優しいケイトを利用しようとしたりするような嫌な女たちだった。

 純粋なケイトもそれは薄々気がついているようだったが、『友達』と言われると強く言えないようだ。仕方がないので、サジェスはケイトが友人を連れてくると、わざわざ出て行って挨拶をした。

 そうすると、自称友人の女たちは、犬のように尻尾を振ってサジェスに近寄ってくる。友人のはずなのにケイトの存在なんてまったく気にしていない。その様子を見るとケイトはようやく自称友人が本当の友人ではないことを認めるしかなかった。

 そんなことが何回か続いていたものだから、ケイトがリナリアを連れて来たときは、さすがにサジェスも『またか』とうんざりした。

 それでも、大切な妹が自称友人に利用されるのは許せない。妹の愚かさにあきれながらも、いつものようにケイトの友人に挨拶をしにいった。

 ケイトは、朝からはりきって庭にお茶会の準備をしていた。サジェスが近寄ると、ケイトの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。また『自称ケイトの友人』に、まんまと騙されているようだ。

(ほんと、こりない妹だな)

 サジャスはあきれながらも、ケイトの向かいの席に座っている女性に声をかけた。

「いらっしゃい。ケイトの友達? 俺はケイトの兄サジェスです」

 サジェスが作り笑いを浮かべてできるだけ丁寧に挨拶をすると、いつもなら自称友人の目の色が変わる。そして、まるで肉食獣のようにギラギラした雰囲気になるのだ。

 しかし、「あっ!? ケイトのお兄様?」と言いながら、慌てて椅子から立ち上がった友人は礼儀正しく頭を下げただけだった。

「初めまして。リナリアと申します。ケイトさんと仲良くさせていただいています」

 そう挨拶したリナリアは、ニッコリと微笑むとすぐに椅子に座り直しケイトに向き直った。

「それでね、そのときにね」
「えー! そうなのぉ?」

 ケイトの楽しそうな笑い声が聞こえる。ふと、こちらを見たケイトは「あれ? お兄様、まだ何か用ですか?」なんて聞いてきた。

「……いや」

 サジェスが二人に背を向けても、リナリアはサジェスを呼び止めたり、追いかけたりはしてこない。

(ふーん? 今度のは、まだマシな女なのかもな)

 それがリナリアへの第一印象だった。

 その日から学園内でも、ケイトとリナリアの姿を見かけるようになった。ケイトはいつ見ても楽しそうで、サジェスも『ようやく良い友人に会えたんだな』と思った。

 遠目に見ても、二人は仲が良かったし、何よりリナリアがケイトを大切にしてくれているのが分かった。

(こんな女もいるのか)

 今までの自称ケイトの友人とは違うリナリアに、物珍しさから興味を持ってしまうのは仕方がなかった。ケイトに微笑みかけるリナリアの笑顔が、なんというか悪くない。

(アイツだったら、俺も仲良くしてやってもいいな)

 そんなことを思い学園でケイトとリナリアを見かけると声をかけるようになった。しかし、リナリアはサジェスには少しも興味を示さず、あくまでケイトの兄と、ケイトの友人という関係だった。

 リナリアが他人行儀に「あ、ケイトのお兄さん。こんにちは」と言うたびになぜかイライラした。ケイトには柔らかい笑顔を向けるのに、自分には挨拶はするが笑顔は向けてこない。

 他の女生徒たちは、サジェスが話しかけるだけで頬を染めたり嬉しそうに微笑んだりして鬱陶しいのにリナリアだけはそうならない。他と反応が違うのでどうしても気になってしまう。

(俺にこんな態度を取るなんて、あの女は調子にのっている! ケイトより可愛くも美人でもないくせに!)

 そう思っていたから、仲の良い男友達が「なぁ、サジェス。お前、リナリア嬢と知り合いなのか? だったら、俺に紹介してくれよ」と言ってきたので、ものすごく腹が立った。

「はぁ? なに、お前、あんなのが好きなの?」

「好きっていうか、いつもニコニコしていて良い子そうだし! それに、俺らみたいに長男じゃないやつらは、跡取りのリナリア嬢に気に入られたら伯爵家に婿入りできてすっげーラッキーだろ?」

 友人が言う通り、爵位を継がない貴族の次男や三男は、普通なら騎士や文官、医師などになり手に職をつけて生きていくことになる。しかし、爵位を持つ女性と結婚すると仕事に就かなくても貴族の地位を維持しながら楽に暮らすことができる。

 サジェスは、友人の言葉で今までのリナリアの態度に納得がいった。

(ああ、そういうことか。だからアイツは、他の女と違って俺を見下していたのか)

 それからは、リナリアを見かけるたびに怒りが湧いた。その怒りが積み重なりついに爆発してしまい、リナリアに向かって「このモブ女!」と言ってしまった。

 その瞬間『しまった、やってしまった!?』とは思ったが、リナリアが驚いたようにサジェスを見ていることに気がついた。

 驚きに見開かれたリナリアの瞳は、ケイトではなく、ただサジェスだけを見つめている。このときサジェスは、ようやくリナリアに認識されたような気がした。それは、心の中に溜まったうっぷんを一掃してくれるような爽快な気分にさせてくれる。

 そして、リナリアがひどく傷ついた表情を浮かべたのも良かった。いつもケイトに笑顔を向けているリナリアに、そんな表情をさせられるのは自分だけだという優越感が湧き心が満たされていく。

 一度、この感覚を味わってしまえば、もうやめることができなかった。会うたびにリナリアを罵り爽快感と優越感を味わう日々。

 あのお高く留まったリナリアの顔が、サジェスの言葉ひとつで歪むのが楽しかった。他の誰でもなく、自分だけを睨みつけてくる瞳も悪くない。

 だからこそ、もっとひどい目に遭わせたくてカードゲームでの罰ゲームを思いついた。

「次に負けたやつは、そうだな……モブ女を落とそう!」

 その場にいた友人たちは、サジェスのように跡取りではない男子生徒ばかりだった。だから、自分と同じでリナリアをよく思っていないだろう、そう思いながらサジェスが罰ゲームの詳細を説明すると、前に『リナリアを紹介してほしい』といった男子生徒が手に持っていたカードを勢いよくテーブルに叩きつけた。

「俺も人のことは言えんが、サジェスお前、クズ野郎だな」

 そう言って怒りを隠さずに去っていく。残った友人三人は、困ったように顔を見合わせた。

「サジェス、お前、リナリア嬢になんか恨みでもあるのか?」
「告白して手酷くふられたとか?」

 心配そうに聞かれたのでサジェスは、「そんなわけあるか!?」と叫んだ。

「いや、だってお前、そんなことするやつじゃねーじゃん」
「そうそう、俺らから見ると、妹思いの良いアニキって感じだぞ?」

「だから、あのモブ女は、その妹に相応しい女じゃないんだよ!? どこにでもいそうな外見なのに、スゲー目について腹が立つんだ! それに、性格も悪くてケイトにはいつもヘラヘラ笑いかけるくせに俺には笑いかけねぇし!」

 友人たちはもう一度顔を見合わせた。

「サジェス、お前、それ……」
「なんだよ!?」

 急に「クッ」と笑いだした友人たちをサジェスは睨みつける。

「サジェス、お前なぁ。それって、完全にリナリア嬢のこと気に入ってんじゃん。好きなんだろう?」
「俺らの年齢で、好きな女の子をいじめるとか、さすがにヤバいぞ?」

 友人たちの予想外の言葉に、サジェスは全身がカッと熱くなった。