シオンはニコニコしながらリナリアを見つめている。リナリアは目を瞑り、シオンのどこにキスをすれば犯罪者にならず捕まらないのか必死に考えた。

 もちろん、シオンの唇を汚すなんてことはあってはならない。頬や髪もさわることすら恐れ多い。

 静かに考えを巡らせた結果、リナリアは閃いた。

(はっ!? そうだ……指だわ)

 都合が良いことに指は十本ある。リナリアはシオンのほうを向くと恐る恐るシオンの右手にふれ持ち上げた。

 シオンは「手の甲へのキスは前にしたから、もうダメだよ」と言いながらクスッと笑う。

「は、はい」

 シオンの長く綺麗な指にふれるかふれない程度にそっとキスしていく。五本の指すべてにキスし終わると、シオンは「そうくるかぁ」と苦笑した。

「あと一回残っているけど、どうするの?」

 リナリアがシオンの左手にふれようとすると、シオンは「ダメだよ」と言いながら左手を持ち上げた。

「同じところはダメだよ」
「え、でも、右手と左手は違います」

「ダメ」

 ニッコリと微笑みながらそう言われると、これ以上反論できない。仕方がないのでリナリアは、シオンの右手の手のひらにキスをした。

(手のひらへのキスは、『求愛』『懇願』『独占欲』だったっけ?)

 そう思うと恥ずかしくてシオンの顔を見られない。リナリアがうつむいていると、ガタリと馬車が揺れた。

 揺れのせいでシオンの身体がこちらに傾いた。慌ててシオンを支えようとすると、偶然シオンに抱き締められるような格好になってしまった。シオンは、リナリアの髪に顔を押し付けるようにしていて顔が見えない。

「だ、大丈夫ですか?」

 心配になってシオンに声をかけると「大丈夫じゃない、かも」という熱っぽい声が返ってきた。

「シオン、もしかして体調が悪いんですか?」

 朝から眠そうだったがそもそも体調が悪かったのかもしれない。ゆっくりと顔を上げたシオンは「お陰様で体調はすこぶる良いよ」と顔を赤くしている。

「でも、熱がありそうですよ」

 心配になってシオンの額に手を当てると、シオンは気持ちよさそうに目を閉じた。

「はぁ……。もう一生、学園に着かなければ良いのに」

 リナリアが「今日は、お休みしますか?」と聞くとシオンは首を小さく左右に振った。

「休まないよ。まぁ、私とローレルはもう全ての学業が終わっているから、本当は行かなくてもいいんだけどね」
「そうなんですか!?」

「うん、王子である私たちがあの学園に通う目的は社会勉強と、あと婚約者探しだから」

 『婚約者探し』というシオンの言葉が小さなトゲになってリナリアの胸にチクリと刺さる。

(そうだよね……シオン殿下は本当なら手の届かない人なんだから。こうして恋人のふりをさせてもらえているだけで感謝しないと!)

 リナリアはシオンの右手を両手で握りしめた。

「シオン、体調が悪ければ、いつでも私を頼ってください! 私は、学園にいる間は、その、シオンの恋人なので!」

 一生懸命シオンにそう伝えると、なぜかシオンの熱が上がったような気がした。