「ねぇ。飲み、行かない?」


このメッセージが凛花から届くのは、決まって凛花の彼氏が浮気をした時だ。


凛花、本当にそいつで良いの?
凛花、辛くないの?
凛花、そいつと居て幸せなの?


凛花…僕にしない?


そんな言えない言葉を胸にしまい込んで、今日も僕は


「いいよ。いつにする?」


と返事をする。



何とも不甲斐ない。
情けない自分に、ほとほと嫌気が差す。


いつまで経っても異性として意識されないのがもどかしいし歯痒いのに、辛い時に一番に頼って貰える今の自分のポジションに甘えているのは、僕の弱さだ。



凛花に頼られるだけで幸せ。
凛花に対して不誠実な男から凛花を奪いたい。



そんな相反した気持ちをもう長い間抱きながら、携帯をバッグに仕舞った。




僕の名前は、近藤穂高。
公務員の両親の元に産まれた、男二人兄弟の長男。
平凡と平均を絵に描いたような男で、自分で言っておいて悲しくなるが、何も面白みがない。



そんな僕と木村凛花が出会ったのは高校1年生の時だ。



地味な僕と打って変わって、凛花は高校入学当初から話題になるような美しい容姿をしている。
それは、わざわざ上級生や他クラスの男子が凛花を一目見ようと窓枠に列を成す程の。



“自分とは違う世界の人種だ。関わる事はないだろう”



これが、凛花を初めて見た時の僕の予想であり感想だ。



しかし、その予想は大きく外れる事になる。


同じクラスの「近藤穂高」と「木村凛花」


奇しくも席順が前後で、前に座った屈託のない性格の凛花は、笑みを溢しながら


「私、木村凛花。よろしく、近藤穂高君!」と鈴の鳴るような声で言った。


ただの社交辞令の挨拶だろうと思い、軽く「宜しく」と返事をその時はしたのだが、それから事ある毎に凛花は後ろを振り向き


「ねぇ。近藤君。近藤君はどこの中学校出身?」

「ねぇ。近藤君。次の授業って何?」

「ねぇ。近藤君。消しゴム貸して?」


と、何かと僕に話しかけてきた。



わざわざ僕に話しかけなくても、隣に凛花と話したそうな男子がいるのに、何だ?
と最初は少しの煩わしさすら感じていたのに、ウマが合うとはこういう事か、自然と


「穂高」

「凛花」

と、下の名前で呼び合う位に仲良くなっていった。



そんな僕たち、いや僕に心の変化が起こったのは高校1年の冬の事だった。



「ねぇ。穂高。私、好きな人が出来た」



凛花の突然の発言に、僕は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。


どうやら凛花はバイト先の大学生に恋をしたらしい。


最初は、仲の良い女友達の凛花を取られたような気がしてショックを受けているのだと思った。


けれど、違った。
凛花が大学生に恋をしたように、僕も凛花に恋をしているのだ。



凛花を笑顔にしたい。凛花の笑顔を守りたい。



そんな簡単で自然な事を恋だと気付くのが、僕は遅すぎた。
自分の恋心に気付いたと同時に失恋をするなんて、僕はなんて愚かなのだろう。



そう。遅すぎたのだ。


だけど、凛花が幸せならそれで良いと思ったんだ。


その気持ちは今も変わらない。
凛花の幸せだけを願っている。



しかし、可愛く性格も良い凛花と付き合う事になった大学生は、なかなかに女癖が悪く、凛花は度々泣いている。



それは、6年経っても変わらない。



そう、何も変わっていないのだ。
僕と凛花の関係も。凛花とあいつの関係も。



ねぇ。凛花。泣かないで。
ねぇ。凛花。そんな奴、もうやめなよ。



そう言ってやりたい。
だけど……言えない。



だって、凛花が一番可愛く笑うのは、あいつの隣にいる時だというのも知っているから。




だから今日も僕はこの恋心に蓋をする。