コインパーキングに停められた晴海の車でしばらく過ごした。後部座席に夏月と光輝が座る。クーラーが効いており、外よりも断然過ごしやすい。
 晴海は坂田と一緒に外で喋っていた。暑いのに……と思うが、ふたりだけで喋りたいことがあるのだろう。建物の影で立ち話をしている。
 以前、乗った時は思わなかったが、おそらく、この車内も【結界】が張られているのだろう。空気が澄んでいる気がする。光輝の顔色が、少しずつ戻ってきた。
 頭を抱えるようにくの字になっていた光輝が、コロンと夏月の方に転がってくる。
 びっくりして夏月は退けぞった。
 狭い車内のギリギリまでドアに寄る。
「あ、くそ。しくじった」
 光輝の声色がいつものように戻っている。
「もう少しで、膝枕狙えたのに」
「はっ? 膝枕? 何考えてるのよ」
 腹立たしく思い、光輝の額を叩いた。
「痛てっ、叩くことないだろ。調子悪いのに」
「自業自得でしょ」
 夏月は吐き捨てるように言って、顔を背けた。
 光輝が反対のドアの方に転がり、黙る。
 気になって夏月は目を向けた。
「大丈夫になった?」
「少しマシになったかな」
 光輝はドアに身体を預け、目を瞑る。
「晴海ちゃんって何者?」
 ボソボソっと小声で尋ねる。
「——拝み屋さん。でもコレは口外しちゃダメだよ。学校辞めさせられるし」
「夏月の他に知ってるヤツいるのか?」
 少し考えて、夏月は答えた。
「朋絵と、優弥君は知ってる」
「優弥が……」
 光輝は疎外感を感じた。
 俯き、表情を見られないようにする。
「優弥も霊が見えるのか?」
「うん。だから、晴海ちゃんの所に転校してきたんだけど……。あ、朋絵は全然見えてないよ。アタシも、何ヶ月か前までは見えてなかったし……」
 普通の見えない人がいることに、光輝は安堵を覚えた。大概がそうなのだが。
 運転席のドアがガチャリと開く。
 晴海が車内を覗き込んできた。
「ご飯行くけど、どうする?」
 お腹は空いているが、光輝のことを思うと食欲が湧かない。
 夏月は手を振った。
「メシはちょっと……」
 光輝も力なく断る。
「じゃあ、悪いけど、言ってくる。こっちは体力勝負だから」
 ドアを閉め、晴海は坂田と去って行った。
 
 光輝は静かに眠っている。
 夏月はスマホを開けて、ゲームをしながら時間を潰した。いつまで此処にいるのだろう。
 一時間程して、晴海たちが戻ってきた。
 車内を覗いて、夏月に紙袋を渡してくる。
 なんだろう——。
 紙袋の中を覗くと、美味しそうなチキンのサラダご飯だ。
「大崎が寝てる間に食べな」
 買って帰ってきてくれたのが、嬉しかった。しかも、女子の心をくすぐるメニューをよくご存知だ。
 晴海先生の彼女とか、絶対幸せだろうな——と思ったが、あることに夏月は気がついた。釣り合うくらい、美人じゃなきゃダメなことに。
 
 陽が暮れた頃、光輝が目を覚ました。
 時間潰しに使用したスマホの充電がもうすぐ切れそうだ。
 スマホの明かりで照らし出された夏月の顔を光輝は見た。
「うおっ、夜になってる」
「よく寝てたね」
「うん、スッキリした。ずっとここに?」
「トイレにコンビニに行った以外はね」
 光輝の質問に、夏月は淡々と答えた。
「晴海ちゃんは?」
「ずっと外で喋ってる。久しぶりにあったから、積もる話でもあるのかな。全然、動こうとしないんだけど」
「ふーん」
 と、光輝は鼻を鳴らす。
「あの子は、もちろん視える系だよな」
「うん」
 会話していると、ふたりが戻ってきた。
「大崎、起きたか?」
「——はい」
「じゃあ、行こうか。陽も暮れたし」
 外に出るように促した。
「夜を待ってたんですか?」
 光輝の声に、晴海は薄く笑う。
「やるなら夜の方が良いからな」
 車の鍵を閉め、昼間の現場に向かう。
 光輝の後ろを、幼い男の子と三十代くらいの男性の霊が何処からともなく現れ、ピッタリとついて来ている。
 車の中では分からなかったが、離れた訳ではなかったのか。
 規制線が張り巡らされた、更地に到着する。一ヶ月ほど前に、火災が起きたその場所は、綺麗に片付けられていたが、まだ焦げた臭いがしていた。
 住宅街の人通りは非常に少ない。
 事件があったので、人々も避けて通っているかのようだ。
 規制線の前に座り、晴海は両手を組む。
「始めるよ」
 と言って、何かを唱え出した。
 篭るような小声なので、何を言っているのかは分からない。
 晴海の声に合わせ、辺りが騒めき出した。
 禍々しい空気が集まる。
 更地の真ん中に、赤い霧の渦が出来た。
 ぐるぐると時計回りに渦が巻き上がる。
 光輝も何か見えているのか、更地の中心を凝視していた。
「捕まえた——」
 晴海が呟く。
 坂田が体躯に似合わない、大振りの太刀を何処からともなく取り出した。
 渦の中から、唐紅色の枝のような男が現れた。
 細い腕を振り回し、絡みつく銀の糸のようなものから逃れようと暴れる。
 坂田は右足を蹴り出し、規制線を飛び越えた。
 唐紅の男の左肩から、袈裟懸けで斬りつける。男の身体が真っ二つに割れた。
 地面に落ちる——。
 ドロドロと、唐紅の絵の具が染みるように、地面へと溶けていく。
 キラリと光る【珠】が落ちてきた。
 坂田はそれをジャンプして捕まえる。
 光輝も一連の出来事が見えているようだった。口をあんぐりと開け、呆然としている。
 振り向くと、光輝の後ろにいる幼い男児と三十代の男性は手を叩いて喜んでいた。
 すっ——と、ふたりの霊体が夜空へと消えていく。天を見上げて、成仏していくのを見送った。
「——やはり、金時がいると早いな」
「一発で仕留めたったやろ」
「流石と言うしか言葉が御座いません」
「お前もな——」
 ふたりは見守っていた夏月たちの方に振り向く。
「すっげ……」
 光輝は言葉を漏らした。
「大崎、今日のことは誰にも喋るなよ」
 晴海が口止めをした。
 光輝は何度も頷く。
 その仕草に、晴海は微笑んだ。
 
 光輝と夏月をそれぞれ自宅へ送り届け、五反田の自宅へと晴海は戻った。
 坂田も一緒だ。
 マンションの扉を開けると、電気がついていた。優弥が帰っているようだ。
 磨りガラスの扉を開けると、優弥がソファーで寝転び、YouTubeを見て笑っていた。
 晴海と一緒にリビングに入ってきた坂田に驚き、手を挙げる。
「よぉ、いらっしゃい」
 坂田は眉を顰める。
「何がいらっしゃいや、お前がしっかりしとったら、俺わざわざ、東京まで来んでええんやで」
 と文句を言う。
「そぉ言われても、俺もどうしたら良いのかわからないんだよ。【力】ってどうやって使ってたっけ?」
 ふざけて言う優弥に対し、坂田は大きな溜め息を吐いた。
「ムカつくわぁ」
「そう言いなさんなって」
 優弥は起き上がり、向かいに座った坂田を宥めた。
 晴海が冷蔵庫からペットボトルのお茶を出し、グラスと一緒に渡す。自分は缶ビールのプルトップを開け、そのまま飲んだ。
「もう、終わったのか?」
 リラックスムードに優弥は驚く。
「せやで」
「金時がいればすぐ終わる」
「すいませんなぁ、役立たずで——」 
 優弥はちょっと拗ねた。
 晴海はおつまみを取りに台所へと戻った。
 ナッツ類とポテトチップを持って帰ってくる。ソファーに座らず、フローリングに直に座った。
「そういえば……」
 ポテチを摘みながら、坂田が話し始めた。
「綱から、伝言あるねんけど」
 晴海を横目で見た。
 長い睫毛を伏せ、不機嫌そうに晴海はビールに口をつける。
「聞かなきゃいけないヤツか」
「知らん。俺には判断でけへん」
 坂田の顔を見返し、晴海は少年に他意がないことを確認する。
「——何?」
 晴海が意を決して訊いた。
 坂田が戸惑いながら口にする。
「いや、そこまでのモノやないと思うねんけど……」
 首を傾けて言った。
「詩緒里さんが死んだって」
 言われて、晴海の胸が締め付けられた。
「それだけ伝えて欲しいって言われたんや」
 晴海は急に俯いた。
 下ろした長髪で表情は見えない。
 ビールの缶を両手で握りしめる。
「季武?」
「——すーさん?」
 顔を上げない晴海を心配して、ふたりは昔の名を呼んだ。
 鼻を啜る音がする。
「——ごめん」
 表情を見せないように晴海は立ち上り、自室に入って行った。
 優弥と坂田は顔を見合わせる。
「——お前、すーさん泣かせたな」
 許さないとでも言いたげに、優弥が睨む。
「知らんやん。綱に言われただけやし」
「詩緒里って誰だよ」
 知らない女の名前に優弥は口を尖らす。
「綱の奥さんやって……だから、俺は、そこまでのモノやないと思ったんや」
 迷惑そうに坂田は顔を歪ました。
「綱の嫁? 綱の嫁とすーさんに何か関係あるのか?」
「知らへんやん。俺は会ったこともないし」
 優弥は顎に手を置き、考えを巡らす。
 もしかしたら、喧嘩の原因は此処にあるのかもしれない。