「誰かの家で勉強会しない? アタシ英語教えて欲しいし」
 朋絵が提案する。
「良いけど、何処でするの?」
「俺ん家でする?」
 優弥が何気なく言った。
「えっ?」
 有名人のお宅に、突然、訪問してもいいものだろうか。優弥の家は確か、父母妹ともに芸能一家のはずだ。
「あ、実家とは違うよ。今いるの晴海ちゃん家だから」
 優弥は手を振り、訂正した。
「晴海ちゃん家?」
「えっ? 何で一緒に住んでるんだ?」
「行きたい」
「なに勝手に決めてるんだよ」
 口々に全員がモノを言う中、先程まで黙っていた麻生……晴海が、やっと会話に入ってきた。
「いいじゃん、お前ん家広いんだし。それにこの面子じゃ、絶対、勉強捗らないって。お前、賢いんだから教えろよ」
 優弥が言うと、美しい顔を歪めて晴海は頬を膨らませた。
 怒ってはいるが、拒否出来ないみたいだ。
「よし、決まり。それじゃあ、早速移動しようぜ」
 と言って、優弥は腰を上げた。
 
 五反田に向かって歩き始める。
 自転車通学の夏月と朋絵は、男子ふたりに自転車を押してもらい歩く。
「優弥、いつから何で晴海ちゃんと住んでるんだよ」
 光輝は改めて疑問を口にした。
「転校してきた時から。——芸能人辞めたいって親に言ったら、家に居場所がなくなって、遠い親戚の晴海ちゃんに、お願いして世話になるようになったんだ」
 おそらく、半分本当で半分嘘と思われる説明をした。
「ふーん」
 飯田市での優弥の【力】の暴走を知らない光輝は、友人の言葉を素直に納得する。
「なんで黙ってたんだよ」
「わざわざ言うことでもないかと思って。俺もそんなに長く、住み着くとは思ってなかったし」
【力】の制御が上手くいってないので、晴海の世話になり続けていることは、夏月と朋絵は知っていたが、光輝には言えないことだった。
 五反田の高層マンションのエントランスに入る。自転車ごとエレベーターに乗り込み、八階へと上がった。
 エレベーターを降りて、廊下を左に進む。突き当たりの部屋の前に自転車を置き、優弥は慣れた手つきで鍵を開けた。
 主人が不在の部屋に上がり込む。
 晴海はまだ学校で仕事をしていた。
 玄関を上がって真っ直ぐ進むと、磨りガラスが嵌ったドアがある。その奥が、リビングで大きなテレビが置いてあった。左手に台所も見える。
「そこに座ってて、俺着替えてくるから」
 優弥は玄関横の部屋に入り、私服に着替えにいった。残された三人は、部屋を物色するように見渡す。保健室と同じような落ち着いた空気が漂っているのを夏月は感じた。黒のレザーのソファーに腰掛ける。
 優弥は黒のTシャツとスウェット姿という、完全な家着で戻ってきた。
 何を着てても、映画のワンシーンのように似合っているのだが。
 台所に立って、麦茶でいいか訊いてくる。
 夏月は立ち上がって、冷蔵庫からペットボトルの麦茶を取り出す優弥の、作業を手伝った。
「男の人の部屋とは思えないほど、綺麗に整頓されてるね」
 夏月は感心する。
「潔癖症だからな。逆に、俺がいる部屋を覗いたら、腰抜かせると思うよ」
 優弥は玄関横を指して笑った。
 リビングテーブルに麦茶を並べる。
「さぁ、ここで真面目にやらないと、アイツがうるさいからな」
 サボっているのが、自習室提供者に見つかれば、立ち入り禁止令を出されかねない。
「どの教科からする?」
 優弥の言葉を継いで、朋絵が訊く。
「数学はとりあえず、晴海ちゃんが帰ってきてからじゃない?」
 夏月が後回しの教科を選ぶ。
「理科とさ社会も選択科目が違うし、暗記系だから自分で出来るしな」
 光輝が言った。
「じゃあ、英語か国語か」
「英語やろうよ。ていうか、やりたい」
 朋絵が言ったので、英語に決まった。
 出題範囲に沿って、ワークを進める。いつもふざけてばかりだが、みんなでやる気になれば、嫌な勉強も結構進んだ。
 夜十九時頃、玄関が開く音がした。
 家主の晴海が帰ってきたのだ。
 磨りガラスの扉を開け、真面目に勉強している空気を感じ取り、晴海は黙って台所に向かった。
 どうせ喋って勉強なんかしていないのだろうと思っていたが、静かに勉強をしていたのは意外だった。邪魔をしないように声を掛けず、台所のテーブルにスーパーで買った食材を置いて、奥の自室に入っていく。
 グレーの半袖パーカーに黒のスウェットという、寛いだホームウェアに着替えて晴海も出てきた。台所に立って作業をし始める。
 夏月はシャーペンを握った手を止め、立ち上がった。晴海のいる台所へと向かう。
「先生、アタシも手伝います」
 水道で手を洗った。
「いいよ。河原さんも勉強しないと」
「アタシは大丈夫ですよ。専門学校に行くつもりですし、単位を落とさずに、卒業さえ出来ればOKですから。それより、この量はアタシたちの分もありますよね。何を作りますか?」
 夏月は食材を見て思った。
「よく分かったね。簡単に豚の生姜焼きでも作ろうかと——」
「ああ、いいですね。じゃあ、この玉ねぎ切ります」
 晴海は長い睫毛を揺らして微笑む。
「——お任せします。それじゃ、俺は味噌汁とサラダでも作るよ」
 台所で仲良く並ぶふたりの姿を、光輝はモヤモヤしながら見て、優弥はニヤニヤほくそ笑んだ。
 晩御飯を食べてから、数Ⅱの勉強をし始めた。数学が嫌いな四人に対し、晴海は丁寧に基礎から説明する。二十二時頃、解散することとなった。
 この様な勉強会が、五日間開かれた後、ついに期末テストが始まった。
 
 勉強会の成果もあり、四人は中間テストよりそこそこ手応えを感じていた。
 期末テスト最終日。
 校舎を出ると暑い日差しと、蝉の鳴き声が降り注いだ。テスト期間中は、午前で学校が終わるため、昼御飯を外で済ました後、そのまま晴海の家で勉強会をしていたが、今日はそれもない。
 朋絵は美大受験のため、この夏から美術予備校に通うらしい。今日は午後から母親と体験授業を受けに行くと言って、そそくさと帰って行った。
 芸能界を辞めたがってる優弥は、セーブしているようだが、それでも仕事が入ってくるらしく、マネージャーの迎えの車に乗って帰った。
 夏月と光輝が残される。
 自転車を押しながら、品川駅に向かった。
「なぁ、知ってる?」
「何が?」
「ほら、優弥が言ってたヤツ。空き家が放火された後、一週間くらいして、小さい子の死体が見つかったっていうヤツ」
「あぁ、一時、マスコミが騒いでたね」
 夏月が頷き、光輝が続ける。
「そうそれが、一昨日さ、同じ現場でまた、死体が見つかったらしいぞ」
「えっ?」
 目を丸めて光輝を見た。
「昨日の朝、ちょっとだけニュースでやってたんだけど、子どもの時みたいにテレビで騒いでないなぁと思って、優弥にそのこと今朝言ったら、どうも死んでたの、マスコミ関係者らしいぜ——」
「へぇー」
 と、驚いてから、夏月はハッと思い当たった。
「光輝、絶対見に行っちゃダメだよ」
「えっ? 何で?」
 その理由を知らない光輝は、驚きの目を向ける。
「だ、だって……」
 夏月は言い淀んだ。
「だって……その、ほら、光輝まで、死んじゃったら困るでしょ」
 しどろもどろする夏月の姿に、光輝は可憐らしさを感じた。
「えっ? 夏月、俺のこと心配してくれんの?」
「そりゃそうでしょ」
 また、後ろに何体もの霊を引き連れて歩く光輝の姿を、夏月は見たくなかった。
「へぇーそうなんだ……」
 意外そうな目で夏月を見る。光輝は少し勘違いなことを考え込んだ。
 
 品川駅まで光輝を見送り、見に行かないようにと再度、念を押しをして別れた。
 自転車に乗って自宅に帰ろうとした時、見知った少年を見かけた。
 こんなところで、東京で見かけるはずもないのに——。赤色のTシャツにGパン姿。
 自転車で追い抜いて、すぐにブレーキをかけた。振り向くと、少年も驚いた表情で立っている。
「——夏月ネエチャン」
 関西弁のイントネーションで呼ばれた。
 ——坂田だった。