麻生は延々と迷っていた。
 会ってしまえば必ず彼が、またタブーを犯すであろうことは分かっていた。
 だから、会いに行かないようにしていた。
 それなのに……。
 毎日と言っていいほど、彼はメディアやネットに姿を現す。
 探して欲しいのか。
 欲しくないのか。
 理解し難い行動に、頭を悩ます。
 それでも、会わない方が、彼にとって幸せなのだろうと、考えていた。
 会わずに済めば——それで良かった。
 なのに……。
 会わない訳には行かなくなった。
 彼女に——河原に手を出そうとした。
 危害が加えられようとした。
 それが、麻生には許し難かった。
 挙げ句の果てに、タブーを犯す。
 
「——側にいて欲しいんだ、ずっとお前に」
 それは麻生にとって禁句でしかない。
 
 その言葉は時限爆弾だ。
 切り離す導線を間違えれば、その場で爆発してしまうような——返答次第で問答無用に、命を落としてしまう時限装置。
 断ると、彼が爆発するかのように、狂い死んでしまうのは分かっている。
 過去に経験済みだった。
 かと言って、受け入れてしまうのも癪だ。
 そこを巧みに読んで、彼はこの爆弾を仕掛けている。
 やはり今回は、
 賭けに負けてやるしかないのか。
 それしか、方法がないのか。
 目を瞑って意を決する。
「分かった……」
 麻生は最大限に不快を現し、小声で承知した。彫刻のように美しい顔が不機嫌に歪む。
 優弥は目を見開く。
 絶対、それはないと思っていた。
 プライドの高い彼が、承知するなんて。
 目の端から自然と涙が流れた。
 涙目を固く瞑り、優弥は頭を下げる。
「——すまない。ごめん……ごめん……」
 許しを乞うように、その場に手をついて謝った。
 麻生は複雑な表情で、そっぽを向く。
 嫌われて当然だ。
 ——仕方ない。
 そこまでのことを自分はしてしまった。
 目の前がグルグルと回り出す。
 ——気持ち悪い。
 嘔吐しそうになり、口を押さえる。
 優弥はその場で倒れ崩れた。
 
 その日の撮影は岡本優弥の体調不良と、機材のメンテナンスにより、中止となった。
 キャンピングカーの内装はボロボロになったが、運転に支障はないようで、気絶した岡本優弥は車内に寝かされていた。マネージャーが運転して、飯田市街のホテルに運ぶことになる。
 麻生が付き添い、キャンピングカーに乗り込むと言った。
 他の五人は、飯田市の中心まで、帰る足がない。坂田と渡邊はキャンピングカーに同乗して来たし、夏月や朋絵、佐伯はバスに乗ってきたが、もう既にバスがない時間になっていた。
 麻生が上着のポケットから鍵を取り出し、渡邊に投げる。
「あのパールホワイトのSUV」
 そう言って、キャンピングカーに消えていった。浮かない表情をしていても、絵画のように美しい——夏月は、後ろ姿を見送った。
 小学校の駐車場と思われる敷地に、白い車が止まっていた。
 車に乗り込み、朋絵がまず口を開く。
「——ねぇ、夏月、ザクっとで良いから、何が起こったの?」
「えっ?」
 朋絵の質問に夏月は驚く。
「朋絵、見てなかったの?」
「ううん。見てたけど、分からなかったの」
 そう言われると、夏月も100%理解している訳でもないので、返事に困る。
「朋絵ネエチャンは【力】が見えてないやろ。岡本優弥が放った【力】とか、保健室の先生が張った【結界】とか——」
 助手席に座る坂田の言葉に、朋絵は唇を尖らせた。
「だって、アタシ普通の子だもん」
「それでエエねんって。正直、俺らでも、あのふたりの間に、何があったんか分からへん。何を揉めていたのか、なぁ? ツナ——」
 車をバックさせて駐車場から出そうとする渡邊に、坂田は話を振る。
「——そうだな。ただ、確実に言えるのは、岡本優弥はお前の言う面倒くさい案件で、自分の【力】で自分を傷みつけているということだけだな」
「と言うことは、優弥くんも【力】を持ってる霊能者ってことですか?」
「そうですね」
 夏月の言葉に渡邊は肯首した。
 それ以上、考察するほど知識を持ち合わせていないので、夏月は黙る。
 朋絵は沈黙を埋めるように、再度口を開いた。
「——ねぇ、アレってさぁ、やっぱりプロポーズだよね。アタシ、結構ショックなんだけど……」
 優弥が麻生に言った言葉の、答え合わせをしたがっている。
「——でも先生、メチャメチャ嫌そうな顔してたよ」
 夏月が眉を顰めて応えた。
「そうなんだよねぇ。晴海ちゃん、優弥君ファンなのに、嫌そうだったのなんでだろう」
「やっぱり、男だからじゃない?」
「うーん。そうかなぁ、晴海ちゃんなら、どっちもイケちゃいそうだけど」
 朋絵が勝手なイメージで言った。
「それはわからないけど……。少なくとも、凄く迷惑そうだったし……」
「アレかな。優弥くんは晴海ちゃんが男だって、わかってたのかな」
「ああ——」
 と、夏月は頷く。
 あのヴィーナスの美貌だ。女性と見間違えてても仕方ない。
「一目惚れで、プロポーズさせちゃうレベルって、犯罪だよね」
 朋絵がそう麻生の美麗さを評価した。
 
 車内は以降、静まり返った。
 五人がそれぞれ思いを巡らせるが、答え合わせをするべき人物は、目の前を走っているキャンピングカーに乗っている。
 渡邊は付かず離れず、車を走らせた。
 
 飯田市街にあるホテルの駐車場に到着する。運転席からマネージャーが降りて、キャンピングカーの居住空間に入っていった。
 代わりに麻生が出てくる。
 夏月たちも降りて、麻生に近づいた。
「優弥くんは?」
 身体の状態を案じて、夏月が問うた。
「——目を覚ましたよ。大丈夫、一応、御守りは持たしといたから」
 ホテルのエントランスの壁に凭れ掛かり、麻生は夏月の後方を見る。
 渡邊が車のキーを持って近づいてきた。
 麻生の白い手に渡す。
 お互いに無表情にやり取りをした。
 そこには優弥の時とはまた違う、ピリピリした空気が張り詰めている。
「——話をしたいんだが」
 通り過ぎた渡邊が、背中を向けながら、抑揚なく言った。麻生はその背に目を向ける。
「嫌だって言ったら?」
「それはない」
 渡邊は断言した。
「だったらお前はこの場にいない」
 麻生は唇を噛み、凭れ掛かった壁から背を離す。溜め息を吐いて、別の方向を見た。
「キントキ付いてきて」
 言われて、坂田が反応した。
「えっ? 俺も行くん? 嫌やな……」
 ピリピリしたムードは苦手だ。
 坂田は素直な気持ちを吐露した。
「お前もいなきゃダメだって。——仁くんと河原さんと富澤さんは、優弥くんが出てきたら付いてって。それまで車で待っててもいいし」
 と言って、今度は佐伯に車の鍵を投げてきた。佐伯は右手でキャッチする。
 ピリピリしたムードの三人は、ホテルの中に消えていった。
「あの中について行きたかったなぁ」
 ここまでずっと黙り込んでいた佐伯は、車のキーを手のひらで弄びながら、羨ましそうに眺める。
「そう? なんか大人の話で怖そうだけど」
 朋絵の言葉に、佐伯は苦笑する。
「だから、ですよ。——きっと濃い話するんだろうな」
「どんな話するんですかね?」
 夏月が難しい顔をする。
「分かりませんが、ちょっと僕、面白い事に気づいちゃいました」
「——何?」
 朋絵が興味深そうに問いかける。
「ここで立ち話もホテルの迷惑になるので、いったん車に戻りましょうか」
 佐伯は踵を返し、車に向かった。
 
「面白い事って何ですか?」
 後部座席に夏月と朋絵が座り、佐伯は免許がないのか、助手席の方に腰をかけた。
「いや、確証はないんですけどね」
 勿体つけたように、佐伯は顎に手を当て、車の天井を見上げる。話を促すようにふたりは睨め付けた。
「渡邊さんのことを『ツナ』って坂田君が呼んでだんですよ」
 そう言えば、車に乗った時、そう呼んでいた。先を促す。
「でね、坂田君のことを『キントキ』って晴海さんが呼んでたんです」
 確かに先ほどそう呼んでいた。
「そして優弥くんがあの時、晴海さんのことを『スエタケ』って呼んでたんです」
「それってどういうこと?」
 ——意味が分からない。
 朋絵が結論を欲しがる。
「さぁ、分かりません……」
 佐伯が首を傾げた。
「何なの、勿体ぶって言ったくせに、分からないって」
 朋絵が起こり口調で言った。
 佐伯は苦笑いする。
「すみません。そう言われても、答え合わせする人がアッチに行っちゃったから……」
 慌てて言い訳をした。
「わからないけど、わからないなりに、歴史オタクが推測するとですね——『ツナ』『キントキ』『スエタケ』のキーワードで出てくるのが、源頼光の四天王です」
「……⁉︎」
 夏月と朋絵は小首を傾げた。
「源頼光って誰?」
「ええっと……Wikipediaで調べて下さい、と言いたいところですが、ザクッと言ったら、平安中期の武将ですね」
「——へぇ……で?」
「でって……やっぱり盛り上がるの僕だけですよね」
 歴史オタクの佐伯は肩を落とした。
「そう言わずに、おバカなアタシたちにも解るように説明して下さいよ」
 夏月は佐伯の身体を揺すってお願いした。
「そうですね。ホントにWikipediaを読むのが早いとは思うんですけど、簡単に説明すると、この源頼光さんが昔やったのが、酒呑童子とかの鬼退治なんです」
「——鬼退治?」
 夏月と朋絵は驚いた。
 やっと欲しかった反応が得られて、佐伯は満足する。
「そうです、鬼退治。まさに、坂田君たちがやってることでしょ?」
「あーあ」
 と、ふたりは納得する。
「鬼退治かぁ、桃太郎みたいね。なんでそんな昔の人の名前で呼ぶんだろう?」
 朋絵が疑問を口にする。
「さぁ、そこがわからないから、答え合わせをしたいんですけどね」
 佐伯が悩ましい顔をした時、キャンピングカーから優弥が降りてくる姿が見えた。