紗南とは初めて会話を交わしたあの日を境に親友のような関係に。

時間があれば隣に座って喋り。
歌を歌い終えるとお互いにっこり微笑む。


そんな平和でたわいもない日常を過ごしているうちに、紗南の存在が徐々に色濃くなっていった。





彼女は迎えが来るまで声楽教室の受付の前の椅子に座り、譜面を持って1人で歌の練習をしていた。
声に強弱や音のバランスを整えて発声練習をしたり。

不器用ながらも頑張り屋さんだった。





でも、1つだけ欠点がある。

それは、少しでも失敗するとすぐに泣いてしまう事。
紗南は結構泣き虫だった。




そんなある日。

彼女は歌のテストで小さな凡ミスをしてしまった。
ふらりと椅子に座って俯くと、ギュッと力のこもった小さな2つの握り拳に大粒の涙の雨が降り注ぐ。


その日は特に土砂降りだった。


声を押し殺して泣き崩れる姿を見た瞬間、胸が痛くなった。



その時、普段から持ち歩いている星型の飴の存在を思い出してカバンから取り出し、彼女の手の中に握らせた。



『いつか、必ず歌が上手になる日が来るから、自分を信じて絶対に諦めないで。これは、歌が上手くなる特別な飴だよ』



彼女は飴を受け取り口に含むと、いつもの彼女らしい笑顔に。
俺はいつしか彼女の笑顔に勇気付けられている事に気付かされた。






《好き》という感情が芽生えていた事に気付いたのは、ちょうどこの頃だったかもしれない。