俺は3歳の頃から声楽教室に通っていた。


人一倍負けず嫌いな性格。
隙があれば所構わず歌の練習を行なうほど幼い頃から歌手になる日を夢見ていた。


歌唱力がずば抜けてると褒めちぎられても、最終的に自分が良しとしなければ満足しない。


つまり、完璧主義者。
大人からすると非常に扱い辛くて厄介な子供だっただろう。





しかし、小学1年生の頃。

紗南との運命の出会いが、歌一色だった俺の心を揺れ動かした。



『どうすれば皆川くんみたいに、上手に抑揚がつけられるようになるの?』



声楽教室の帰り際に呼び止められて初めて会話を交わす紗南からの質問だった。
長年歌い続けていた俺からすると大した質問内容ではない。

だから、感じている事を素直に伝えた。



『歌は演劇のお芝居みたいに気持ちを込めるんだ。歌詞を目で追うだけじゃなくて、自分が物語の主人公になった気持ちで、ステージの向こうにいるお客さんに楽しんでもらうんだ。そうしているうちに、自然と自分らしさが強弱のついた声として出てくる。…それが、抑揚』

『うわぁ、凄い。……だから、皆川くんの歌を聴いてると涙が溢れてくるんだね』



目をキラキラさせ、目尻を下げてにっこり微笑んだ紗南は、俺からするとまるで天使のように見えた。