「人様々な考え方があるかもしれないけど、KGKはそれを見越してたんじゃないかな」

「えっ…」


「人よりも1歩先を進み、1つでも多くの力を蓄えて、プラス面を吸収して、過去の経験を踏み台にする。時代に飲み込まれない考え方を持っているのかも。……だとしたら、予想以上に息の長い歌手になるだろうね」



彼の言葉は、まるでセイくんの気持ちの代弁をしているかのよう。



「凄いな…。私もKGKに負けないくらい勉強を頑張らないと」

「紗南ちゃんは医学部に進学して父親の病院を継ぐんだよね」


「はい。……でも、本当の夢は歌手でした。そこまで歌が上手くないから諦めたんですけど」

「そう?紗南ちゃんは天使のような可愛い声の持ち主だから、沢山練習すればいい歌手になれるかもよ」



一橋は歌手の夢に名残惜しさを見せる紗南に期待を持たせる。







セイくんは私の歌声が好きだと言ってくれた。
紗南の歌声は天使が子守唄を歌うように心地がいいと。


それを聞いた時はまだ幼かったから、彼の言葉を鵜呑みにしてがむしゃらに頑張っていたけど、よくよく考えてみればあの頃も今も私の気持ちは彼中心に回っている。



「やだ〜、お世辞なんて辞めてくださいよ」

「いや、冗談じゃなくて。今の時代は二足の草鞋という手段もあるんだよ」


「歌手と医師ですか?極端ですね」

「夢はいくつあったっていい。1つしか叶えちゃいけないルールなんてないんだよ」


「そうですけど…」

「勉強と歌。紗南ちゃんは二方向で成功するんだ。それで、テレビ出演するようになったら、モニターの向こうから指でエスマークを象って『紗南です』なんて、誰かさんの真似なんかして」



一橋は紗南の笑顔を作り出す為に指先を使ってエスマークを象った。
紗南とセイの関係を知らない一橋は、ほんの冗談のつもりだった。



それがまさか、紗南の気持ちにビッグウェーブをもたらしているという事も知らぬままに。