セイは隣から穏やかな声で言った。
「ねぇ。子守唄に《For you》歌って」
「セイくんっ…。のんびり子守唄なんて歌ってたら、杉田先生が保健室に戻ってきちゃうよ」
「2分だけでいいから」
「ダメ!」
「…じゃあ、1分」
「…えっ……えぇっ…。もう、しょうがないなぁ。じゃあ1分だけ…………。コホン」
渋々意見を飲み、咳払いを1つ。
正直、時間がなくて気乗りしなかったけど、彼にお願いされてしまうと聞き入れてしまっている自分がいる。
「サンキュ」
「絡み合った指先と〜♪ 二人見つめ合った笑顔と〜♪」
耳障りの良い歌声に包まれたセイはゆっくり目を瞑る。
そして、紗南はセイの腕枕で小さく歌う。
この曲は2人が通っていた声楽教室の講師が作詞作曲したもので、世に出回らないマイナーな曲。
それに、2人の特別な思い出の曲でもある。
約6年ぶりに再会した2人を再び繋ぎ合わせたのも、この《For you》だ。
こうして私達は、友達の話や、家族の話や、身の回りの話など後回しにしたくなるくらい、短い時間の中で恋を楽しんでいた。
お互いの情報は、生年月日と血液型と携帯番号程度しか知らない。
でも、これからゆっくり時間をかけて知っていけばいいと思う。
つい先日、ツーショット写真は撮らないと約束した。
理由はどちらかがスマホを紛失したり、なりすましで個人情報が抜かれしまったら、2人の画像がスキャンダル画像として拡散されてしまう恐れがあるから。
だから、この幸せなひと時は瞼の奥にしっかり焼き付けておく。