「お前が待っててくれると思ったから、明日潔く出発するつもりだった。でも、留学が理由でお前を失うくらいなら、思い出作りを優先したい」


「セイくん、それはダメ…」
「それに、芸能人というだけで我慢を強いられてきたけど、俺だって1人の人間なんだ。好きな人と幸せを掴みたい」



窮屈に締められていく身体と揺れ動いてしまった心は、前向きな意思よりも素直に反応を示した。






セイくんは世界一のバカだ。

長年積み上げてきた夢を、私如きで犠牲にしようとしている。
これから世界に羽ばたこうとしているのに、何の取り柄もない私のせいで⋯⋯。







ピタリと密着している彼の表情は伺えない。
でも、不揃いに揺れる身体の振動だけは伝わってくる。





セイくんはいま泣いてる。
辛い現実を背負いながら1人で苦しんでいる。




そう思ったら、心の中で大事なものが1つ1つ壊れていく音がした。




⋯⋯でも、受け入れちゃダメ。
背中を押すのは自分しかいない。

だから、まだ理性が働くうちにもう一度突き放そうと思った。



「ダメ…。私との思い出なんて価値がない」

「そんなの、誰が決めた……」


「それに、私には私の将来があって、セイくんにはセイくんの将来があるんだよ」

「誰が別々の将来を歩めと決めたんだ」



何を言っても彼は根気よく粘り続ける。
だから、私の理性は崩壊寸前だった。



「ダメだよ……、さよなら」



紗南は力づくでセイの腕を振りほどくと、扉の方に足を向けた。




すると…。
セイは再び紗南の手を掴み、自分の方へと引き寄せて正面からガバッと抱きしめた。




視聴覚室の窓から降り注いだ朝日は、2人の影を再び1つに重ね合わせた。