「エステル、見て。あそこに森が見えるだろう?」

 城の北にある石造りの鐘塔(しょうとう)の階段を登り切ったところで、僕はエステルの方を振り返った。

「はい、フェリクス様! どこまでも続く森が見えます。夕日が反射して、まるで森の木々が口紅(くちべに)頬紅(ほおべに)をつけてお化粧しているみたい。とっても素敵です!」

 エステルは小さくて柔らかい手で僕の手を握り、はじけんばかりの笑顔で言った。

「あの森の向こうが、君の祖国ダンシェルドだよ」
「そうなんですね。自分の国なのに、何だかとっても遠く感じます」
「……エステル。こんな遠い国まで来て、後悔している?」

 森の向こう側をじっと眺めていたエステルは、僕の言葉に驚いてこちらに振り返る。丸くてパッチリとした瞳をいつも以上に大きく見開いて、何度も瞬きをしながら不思議そうに首を傾げた。

「フェリクス様。私はフェリクス様のことが世界一大好きなんです。だから、このセイデリアに来たことを一度も後悔したことはありませんよ」
「エステル……ありがとう。でも僕はまだたった十四歳。まだまだ子供だ。これから大人になっても、ずっとエステルに好きだと言ってもらえるのかどうか自信がないんだ」
「……それで私に、『後悔しているか?』なんて聞いたんですか?」

 僕は無言のまま、こくりと頷く。
 エステルは情けない表情をした僕の顔を覗き込んで、口を膨らませた。

「そんな顔をしないで下さい! 私は今のフェリクス様のことが大好きだし、大人になってからのフェリクス様も大好きですよ」
「そんなこと……まだ大人になってもないのに、分からないじゃないか」
「いいえ。分かります!」

 彼女がふてくされて膨らませた頬が、夕日を浴びて薄い赤色に染まっている。

「人の本質は、変わらないものです。例えフェリクス様が大人になって見た目が今と変わってしまっても、中身は私の大好きなフェリクス様であることには変わりないんですよ。だから、もうそんなことは聞かないで? 私はずっとフェリクス様のことが大好きなんですから!」