先ほど気にしていた衣の裾の近くから、紫色の手巾に包まれた何かをごそごそと取り出してきた逞峻(ていしゅん)は、膝を立てて琳伽(りんか)の傍に近寄る。
 琳伽(りんか)の右手を開かせ、そのまま中身ごと、手巾を静かに握らせた。

「陛下、これは」
「あの時の約束を守れず、申し訳なかった。私に力がなかったばかりに……」

 逞峻(ていしゅん)の表情は苦悶に満ちている。
 約束とは何のことだろうか。
 そして、逞峻(ていしゅん)に力がなかった、とはどういうことか。

「兄二人が相次いで亡くなったことで、母が何か(はか)ったのではないかと疑われていた」
「淑美人様が? まさか、上の皇子様たちは流行り病が原因で身罷られたのです。淑美人様が何かを謀ったなどと……!」
「もちろん母は何もしていない。しかし皇后陛下は、ずっと母のことを疑って辛く当たっていた。そんな時に私が琳伽(りんか)を下賜して欲しいなどと、言い出せなかった。そんなことをすれば琳伽(りんか)にまで害が及ぶと……」

 逞峻(ていしゅん)の言葉に、琳伽(りんか)は右手に持っていた手巾をぐっと握りしめる。自らの知らないところで、逞峻(ていしゅん)は自分のことを想い続けていてくれたというのか。
 幼い頃の口約束とは言え、琳伽(りんか)にとって逞峻(ていしゅん)のあの約束の言葉は大切な思い出であり、支えであった。出家して尼になっても、その約束を心の糧として生き続けようと思っていたのだ。

 琳伽(りんか)の両目の奥から、熱いものが込み上げる。

「陛下、私のことをそのように想っていてくださったのですね。しかし、私はこれから出家する身。今生(こんじょう)で私たちが結ばれる道は、なかったのでございます」
「何を言うのだ」
「来世でもし再びお会いできたならば、その時は……皇太子と皇帝の妃という立場の差も、この六歳という年の差も。私たちを縛る枷が一つもありませんように。そんな出会い方をしたいものです」

 こぼれそうな涙を逞峻(ていしゅん)に見られたくなかったが、顔を隠せばすぐに涙の雫が落ちてしまいそうで、琳伽(りんか)はまっすぐに逞峻(ていしゅん)を見つめる。
 右手には更に力が入り、手巾の中にある固いものが手のひらに食い込んだ。