梅見の宴の翌日のこと。
 梅華殿の琳伽(りんか)の元に突然届いたのは、皇帝からのお召しの報せであった。皇帝が、宴で舞を披露した琳伽(りんか)を目に留めたらしい。
 琳伽(りんか)が後宮に入ってから、既に五年の月日が過ぎていた。

 妃の一人でありながら、妃ではない。
 いつしかそんな錯覚をしていた自分に気付き、琳伽(りんか)は唇を噛んだ。

 夜になり、支度を整えた琳伽(りんか)は皇帝の居所である宮に向かう。後宮の端の端にある梅華殿から皇帝の宮までは、灯りを持った侍女についてしばらく歩かねばならない。
 途中、しとしとと降る雨音に紛れた小さな物音に振り返ると、東宮殿の遊廊(わたりろうか)に佇む影があった。


(あれは……逞峻(ていしゅん)様)

 琳伽(りんか)が皇帝に召されたことを耳にして急いで来たのか、肩で息をしながら立っている。まだ夜は肌寒い季節だというのに、薄衣一枚の寝着姿であった。
 琳伽(りんか)が想像した通り、彼はもうあの頃共に梅の花を愛でた逞峻(ていしゅん)ではなかった。背は伸び、少年時代のあどけさは消えていた。

 きっと今なら、琳伽(りんか)の手の届かないほど高い所にある梅の花にも、易々と手が届くだろう。

(見ないで)

 皇帝の元に向かう姿を、逞峻(ていしゅん)には見られたくない。
 琳伽(りんか)は侍女が持つ傘の陰に顔を隠し、逞峻(ていしゅん)に背を向ける。

 止まりたくとも止まれない。
 止めたくとも止められない。

 足早に歩く琳伽(りんか)の傍で、咲き始めたばかりの梅の花が雨に濡れていた。