円窓(まるまど)越しに見えるのは、春雨に濡れる緋色の梅。
 几案(つくえ)一つさえ残さず伽藍洞(がらんどう)になった(へや)の中から、張 琳伽(ちょう りんか)内院(なかにわ)をじっと眺めている。

 前の皇帝の後宮妃の一人であった琳伽(りんか)は、今日この後宮を去る。その後の生き方は、自身で自由に決められるものではない。後宮を出たその足で出家し、尼となるのだ。
 後宮から妃嬪が一人残らず去ったあと、この場所は新たに即位した皇帝の後宮として一新される。

 親子ほど年の離れた前皇帝に仕えて寵愛を受け、最後は徳妃まで昇り詰めた。
 ここ数年は前皇帝の居に近い翠耀殿(すいようでん)で過ごしていたが、前皇帝の崩御後はこの梅華殿(ばいかでん)に戻って来た。ここ梅華殿は、琳伽が後宮入りした十五の時から約六年ほど過ごしていた思い出深い場所である。


張徳妃(ちょうとくひ)さま、お茶をお持ちいたしました」

 何もないこの(へや)に、侍女の声がぼんわりと響き渡る。

「ありがとう。今日は雨が降って冷えるわね」
「そうでございますね。せっかく梅の花が綺麗ですのに」

 琳伽(りんか)が後宮を去った後、この梅華殿にも新帝の妃が入ることになるだろう。毎年琳伽(りんか)を楽しませてくれた内院(なかにわ)の梅の花も、次に巡ってくる春の頃には、別の妃に向けてその緋色の花を開くはずだ。