気が付くと、知らない部屋でベッドに寝かされていた。目を開けたとたん、安堵したような声が上がる。

「ビアンカさん、お目覚めですか!」

 顔見知りの、ボネッリ家の侍女であった。どうやらここは、伯爵邸らしい。

「武芸試合の後、熱を出して倒れられたんですよ。過労みたいです。騎士団寮のお仕事に加えて、王子殿下のお食事の支度までしていただいたのですもの。大変だったことでしょう」

 気を失ったのはそのせいか、とビアンカは合点した。

「丸一日、寝てらしたのですよ……。もうお熱は下がったようですわね」

 ビアンカの額に手を当てると、侍女は、ボネッリ伯爵を呼んで来ると言って出て行った。ほどなくして、伯爵がやって来る。父も一緒だった。

「おお、ビアンカ嬢。熱が下がったそうで、よかったです」

 伯爵は、心底ほっとした様子だった。

「一日、こちらでお世話になっていたのですか? ありがとうございます」
「いやいや、それくらい当然ですとも!」

 伯爵が、かぶりを振る。父は、彼に深々と頭を下げた。

「娘が、世話をかけました」
「とんでもない。私の配慮も足りませんでした。彼女にあれこれと頼ってしまって……」

 二人が話すのを横目に、ビアンカは徐々に記憶を蘇らせていた。ステファノとアントニオの試合の最中に、ドレスが破けてしまったのだった。それに気付いたステファノは、試合を棄権して助けてくれた。

(そういえば、殿下に抱き上げられたのだっけ……)

 思い出して、ビアンカは赤くなった。思いがけず、貴重な体験をさせていただいた。途中で失神したなんて、実にもったいない話だ。

(それから、妙なことを仰っていたような……)

 『これからもずっと私の専属料理番だ』とかいう言葉が聞こえた気がするのだけれど。だが、ステファノの滞在はもう終わった。きっと、高熱が作り出した幻だろう。

「そうそう、ビアンカ嬢」

 ボネッリ伯爵が、ふとこちらを向いた。

「ステファノ殿下ですが、実はまだこちらにご滞在なのです」
「――へ!?」

 驚きのあまり、ビアンカは妙な声を上げてしまった。すると伯爵は、さらに衝撃的な台詞を吐いた。

「ビアンカ嬢のご体調が回復したら、共に王都へ連れて帰ると仰って。ご自分の専属料理番にと、所望されていらっしゃいます」

 ビアンカは、あんぐりと口を開けた。

(幻じゃなかった……!)