しばし、打ち合いが続いた。鈍い金属音が響きわたり、会場内には未だかつてない熱気が漂う。勝負はほぼ互角……といったところか。アントニオの打ち込みも華麗だが、それを素早く受け止め、押し返すステファノの動きも絶妙だ。

 だがそこで、ビアンカは、ふと気付いた。アントニオが焦燥の色を浮かべつつあるのに対し、ステファノの表情には、まだ余裕があることに。

(もしかして殿下は、本気を出されていない……?)

 アントニオを引き抜くのが目的なら、それもあり得るな、とビアンカは思った。勝敗よりも重要なのは、彼の実力をこの場で明らかにすることなのだから。

 その時、アントニオが何事か口走った。刃がかち合う激しい音のせいで、内容は聞こえなかったが、それを聞いたステファノの顔色は変わった。

 ステファノは素早く間合いを取ると、猛スピードで踏み込んで行った。すさまじい勢いで振り下ろされた剣先が、アントニオの胸をかすめる。ビアンカのリボンが、はらりと落ちた。

 それほど深く斬り込まれたようには見えなかったが、今の一撃で、アントニオは大きくバランスを崩した。観客がどよめく。ビアンカは、思わず身を乗り出していた。

(大丈夫かしら……?)

 この試合では、怪我防止のため、剣の刃先は潰すことになっている。そうとわかっていても、先ほどのステファノの打ち込みは、怯えずにはいられない迫力だった。

 アントニオはどうにか体勢を立て直したものの、ステファノは容赦なく攻撃を繰り出した。すでに、日は暮れかかっている。ステファノの赤い髪が、夕日に照らされて光り輝く。漆黒の瞳には、本気が宿っていた。今の彼は、王子ではなく一人の戦士だった。

 アントニオが、どんどん追い詰められていく。固唾を呑んで見守っていたビアンカだったが、ふと妙な感覚を覚えた。何気なく下を向いて、息を呑む。ドレスの胸元が、広範囲にわたり破れていたのだ。元々きつかったところへ、レオーネ夫人が糸を引っ張ったせいで、ほころびが生じていた。そこへ持ってきて、先ほど大きく身を乗り出したせいだろう。

(やだっ……)

 慌てて胸を隠そうとするも、体をひねった拍子に、今度は腰の辺りで布が裂ける音がした。背後に座っていた男性客が、卑猥な笑いを漏らすのがわかった。もう肌は、大部分露出している。しかも運が悪いことに、ここは最前列だ。このままでは、公衆の面前に下着姿をさらすのは必至だった。

(泣きたい……)