試合が開始した。当初は、大男が優勢に見えた。誰かが指摘していた通り、体格の点で有利すぎるのだ。アントニオが繰り出す攻撃を、大男は難なく受け止め、押し返す。並の腕力でないのは、明らかだった。

(ああっ、アントニオさんには、まだまだ栄養が足りてないのかも……。というか大男、それだけエネルギーがあるなら、もう牛を食べなくてもいいでしょぉっ)

 焦りと興奮で、思考が支離滅裂になりかけてくる。おまけにビアンカは、先ほどからドレスの胸元に違和感を覚えていた。レオーネ夫人が糸を引っ張ったせいだろうか、ほつれが悪化してきたようなのだ。とはいえ、ステファノが隣にいる状況で、胸を弄るようなはしたない真似はできない。どうしようか悩んでいると、ステファノがふとこちらを見た。

「な、何か!?」

 異変に気付かれただろうかと焦ったが、ステファノは意外な言葉を口にした。

「そのドレスには、片側しか装飾が付いておらぬようだな」

 ステファノは、ビアンカの腕付近を見つめている。左の袖に付いていたリボンはアントニオに与えたため、リボンは右の袖にしか残っていない。彼はそのことに、目ざとく気付いたようだった。

「パッソーニが胸に着けているリボンは、そなたのものか」
「……はい」

 ビアンカは、自然と小さい声になっていた。

「寮生の方には、頑張っていただきたいですから。それに、私のメニューが採用されるか否かは、彼の結果にかかっています」

 嘘だ、とビアンカは思った。本当は、メニューの採用などどうでもよいと思っていたくせに。なぜ自分は、こんな言い訳がましい台詞を並べ立てているのだろう。

「……さようか」

 ステファノは前を向き直ると、それきり何も言わなかった。

 試合は、なかなか決着がつかなかった。最初こそ大男が優勢だったものの、アントニオの鋭い打ち込みの連続に、どうやら疲弊してきたらしいのだ。彼は次第に、防御しきれなくなってきていた。

「うおおおお」

 ついに自棄になったのか、大男が反撃に出る。力一杯振り下ろされた男の剣を、アントニオは素早くかわした。間合いから抜けると、瞬時に体勢を立て直し、逆に打ち込む。バランスを崩しかけていた大男は、防御体勢に移ろうとするも、間に合わなかった。

 カキン、と音を立てて、大男が剣を落とす。アントニオの勝利が決まった瞬間だった。