その後、大会は滞りなく進行していった。寮の五人のうち、チロとファビオは早々に敗退し、エルマから拳骨をくらっていた。ジョットとマルチェロは、いい所まで勝ち進んだものの、上位陣には残れなかった。決勝まで残ったのは、やはりアントニオであった。

「あの絵の男ですな」
「果たして、優勝するでしょうか」

 王立騎士団のメンバーらは、期待と不安に満ちた目で、成り行きを見守っている。アントニオの結果次第で、自分たちの食事が決定するのだから、当然だろう。

(アントニオさん、頑張って……)

 ビアンカは、まるで自らが戦うかのように緊張し始めた。だがその時、ふと気付いた。見物席で、ルチアとスザンナが、誰かに絡まれているではないか。

(揉め事……?)

 エルマは席を外しているようだ。不安になり、ビアンカは立ち上がった。

「殿下。すみませんが、少々失礼いたします。妹たちの様子が気になりますので」

 ステファノに断ると、ビアンカは慌てて見物席へ駆け付けた。一人の男が、何やら居丈高に怒鳴っている。彼の前では、ルチアとスザンナが震え上がっていた。

「この小娘が! 私を、誰と心得る!」

 割って入ろうとして、ビアンカはおやと思った。見覚えのある男だったのだ。初日の晩餐会で、ステファノの怒りを買って追い出された……、そう、レオーネ伯爵だ。ステファノの許しを得られていないから、彼だけ一般見物席にいるのだろう。隣には、ビアンカを嘲笑した夫人の姿もあった。

「レオーネ様。私の妹が、何か粗相をいたしましたでしょうか」

 振り返ってビアンカを認めた伯爵は、さっと顔色を変えた。

「貴様の妹か! よく聞け。この娘は、私の靴を踏んづけたのだぞ!」

 伯爵が、ルチアを指す。ごめんなさい、とルチアは小さく呟いた。

「アントニオさんが決勝まで残られたので、つい興奮して……。でも、わざとじゃないのです。うっかり、足が当たってしまって……」

 一般の見物席は、スペースも狭く混み合っている。偶然ぶつかることくらい、あるだろう。何より、ルチアはそんな行儀の悪い娘ではない。

「レオーネ様、大変失礼いたしました。この通り謝っておりますし、もうお許しいただけないでしょうか。大声で騒がれるのは、他の観客の方の迷惑になりますわ」

 実際周囲の者は、うんざりした顔つきでレオーネを見ている。視線に気付いたのか、伯爵は押し黙ったが、今度は夫人が目をつり上げた。

「ステファノ殿下に一度庇っていただいたくらいで、調子に乗るのもいい加減になさいませ。貧乏人のくせに!」

 夫人の眼差しには、侮蔑と焦燥がにじんでいた。

「聞きましたわよ。先日の晩餐会での衣装は、借り物だったとか。今日のドレスもそうなのかしら? まさか、盗品ではございませんわよねえ?」

 甲高い高笑いに、ビアンカはカッとなった。