ビアンカは恐る恐る、ステファノの隣に腰かけた。今日のステファノは、黒地に金糸の刺繍の施された、豪華なマントをまとっている。彼が数々の戦いで勝利を収めた軍人であることが、改めて思い出された。王族としての気品と同時に、戦う男の凜々しさをも、ステファノは兼ね備えていた。

 やがて大会が開始すると、ステファノの眼差しは鋭くなった。本来武芸試合といえば、娯楽の一種だ。だがステファノは、出場する騎士の一人一人を、慎重に見定めている様子だった。本気で誰かを、引き抜こうというのだろう。

 戦いは、トーナメント形式で行われる。第一試合の出場者は、ジョットだった。とたんに見物席から、娘たちの声援が上がる。ガールフレンドたちだろう。ジョットは彼女たちに、愛想良く手を振って応えていた。

「あの男も、そなたの寮の者であったな」

 ステファノが、こちらを見る。ええとビアンカは答えた。

「良い体躯をしておる。そして調練風景も視察したが、筋は悪くない。特に弓」

 確かにジョットは、弓が得意だ。この短い滞在期間で、それほど細かくチェックしたのかと、ビアンカは驚いた。

「だが、彼はダメだ。剣さばきのセンスがない」

 ステファノはひとつかぶりを振ると、それ以上見る必要はないとばかりに、ビアンカの方を見た。

「ティアラを着けて来てくれて嬉しい。そなたの目の色にぴったりだ」

 楽師の演奏と、観客の声援で、会場内は喧噪の渦となっている。ステファノの密かな囁きに、周囲の者は気付いていないようだった。

「ありがたきお言葉にございます……」
「本音を言ったまでだ。そのドレスにも、よく合っている」

 ステファノが微笑む。ビアンカの脳裏には、はたと過去の情景が蘇った。忘れもしない、デビュタントボールで、彼はまさにこんな風に微笑みかけてくれたではないか。その時のビアンカは、この同じ純白のドレスをまとっていた。

(まさか、隣に座らせていただく日が来るなんて……)

 遠目から見るだけだったあの時と比べれば、天と地の差だ。感激の思いを噛みしめていると、ステファノはふと呟いた。

「そなたが、また煩わしい思いをしては気の毒だから、止めたが。本当に贈りたかったのは、黒翡翠のティアラだ」

 聞き違えたかと思った。黒といえば、ステファノの瞳の色。彼のカラーだ。その色を贈りたかったというのか。

(まさか)

 ビアンカは、慌てて否定した。自分の色を身に着けさせたいなど、そんなことがあるはずはない。単に、前回黒翡翠のイヤリングを着けていたから、そう考えただけだろう。

(それだけ、よね……?)