ごほっと、ビアンカは危うくむせそうになった。

(テオ様が? ここへいらしたと……?)

 まだ諦めていなかったのか。ビアンカ相手ではらちがあかないので、実家を攻めようという手段だろう。何としつこいのだろう、とビアンカは呆れた。せっかく独身に戻ったのだ、他の女性を探せばいいではないか。

(それとも、以前の人生では、よほど他の女性に相手にされなかったとか……?)

 あり得る。では、唯一とっつかまった愚かな女が自分ということか。そう考えると、ビアンカはますます気が滅入るのを感じた。

「ああ……、あの方ね」

 母は、面倒くさそうに言った。

「チェーザリ伯爵家のご当主が、ビアンカを妻に迎えたいと仰って、我が家へ来られたのよ。晩餐会で、見初められたのですって。何だか知らないけれど、あちこち傷だらけの方だったわ」

「ほら、やはりお姉様は、魅力がおありなのですわ」

 スザンナが口を挟んだが、さして関心はなさそうだった。ステファノの件で、頭がいっぱいなのだろう。ルチアも同様である。

「でもねえ。王子殿下とのご縁ができるかもしれないという今、正直どうでもよろしいわ」

 母は、ハッキリと告げた。

「それに何だか、人柄が信用できない気がしたの。勘かしらね」

 その勘を、以前の人生でも働かせて欲しかった、とビアンカは内心思った。もっともそれは、ビアンカも同罪だ。だが、そこでジェンマが口を挟んだ。

「あら、私は、とても素敵な方だと思いましたわ……。お顔立ちも美しいし、優しそうではありませんか」

 そう言うジェンマの瞳は、妙に熱っぽく輝いている。ジェンマが誘った、というテオの言葉が、ふと脳裏に蘇った。無性に嫌な予感がして、ビアンカはそれきり黙り込んだのだった。