「でたらめ仰らないでくださいまし!」

 ビアンカは、思わず怒鳴っていた。言うに事欠いて、ジェンマに責任をなすりつけるなんて。だがテオは、妙に大真面目だった。

「これでも僕には、最低限の道徳観念はある。妻の侍女に手を出すような真似はしていない。ジェンマは、こう言って誘ってきたんだ。前から旦那様のことが好きだった、奥様は屋敷内のことにしか目を向けておらず、放ったらかしの旦那様がおかわいそう、と……」

「まさか……」

 そうは言いながらも、ビアンカはテオに嫁いだ頃のことを思い出していた。あんなハンサムな男性の奥方になられるなんて、とジェンマは我が事のようにはしゃいでいた。そして、自分もチェーザリ邸へ付いて行くと言い出したのだ。多くの使用人を雇う余裕のないカブリーニ家で、ジェンマは、夫人と三姉妹の共通の侍女として働いていた。だから、カブリーニ夫妻はそれに難色を示したのだが……。

「君はジェンマをカブリーニ家へ帰したから、僕も蒸し返すことはすまいと思った。だから、あえて弁明はしなかったのだが……」
「たとえそれが真実だとしても、テオ様は拒絶しているようには見えませんでしたわ」

 ビアンカは、キッとテオをにらみつけた。夫妻の寝室で、テオがジェンマに覆いかぶさっていた光景が蘇る。てっきり、テオが襲っていると思ったものだ……。

「ま、まあ、確かにふらっとなったのは認めるが……」

 テオが口ごもる。いずれにしても、テオとまた結婚するなどあり得ない、とビアンカは彼を冷たく見すえた。ジェンマの件がどうであれ、テオがひどい夫だったのは事実だ。彼を放っていたというが、夫人として屋敷内を切り盛りするのは、当然のことではないか。

(まったく、どうして彼まで逆行転生したのかしら……)

 唯一よかったことは、ニコラが殺人犯にならずに済んだくらいだ。今度こそ、テオを振り切って逃げ去ろうとしたビアンカだったが、彼はつかみかかってきた。使用人服のポケットに、手をつっこもうとする。

「何なさるんです!」
「あの男の裸体画を見せろ!」

 アントニオの絵のことか。

「欲しいなら、差し上げますけど?」

 ステファノへの披露が済んだ以上、持っていても仕方のない品だ。ちなみに描いたチロに返そうとしたものの、『何で俺がアントニオのヌード絵を持ってなくちゃいけないんだ』と拒絶されたのである。

「誰が欲しいか。あの男が何者なのか、突き止めるだけだ!」

 ステファノへの指南の間、テオは木に引っかかっていたから、あの絵の説明を聞いていないのだ。揉み合っている拍子に、ビアンカのヘッドスカーフが外れた。露わになった髪を見て、テオは目を見開いた。

「その髪……」