ステファノの食事が終わると、ビアンカは広間を辞した。ふわふわした甘い気分で廊下を歩いていたビアンカだったが、不意に前に人影が立ちはだかった。テオであった。

(美味しい砂糖菓子をいただいた後に、苦い薬を飲まされた気分だわ)

 内心舌打ちするビアンカの元へ、テオはずいずい近付いて来ると、皮肉っぽく告げた。

「今日のステファノ殿下は、狩りに出かけられる予定なんだが、随行できやしない。君に突き落とされたせいでね。それなのに、謝罪も見舞いもないようだが」

 確かに、バルコニーから転落した際の怪我であろう、あちこちに手当てをした形跡がある。とはいえ、ビアンカはカチンときた。

「それを仰るなら、私を殴りつけたのはどこのどなたです? 挙げ句、頭をぶつけて命を落としたわけですが、まだあなたからは謝罪の言葉を聞いていません」

 テオは、一瞬つまった。

「……殺すつもりではなかった」
「殺人者のほとんどは、そう仰いますよね」

 しばらく沈黙が続く。ビアンカは、さっさと歩き出そうとしたが、またもやテオが行く手を阻んだ。

「何ですの!」
「どうして、料理番の仕事などするんだ。さっさと僕の妻になって、チェーザリ邸へ戻らない?」

 ビアンカは、はーっとため息をつくと、腰に手を当てた。

「根本的なことがわかっておられないようですわね。あなたとまた結婚したくないから、働いて自立する道を選んだに決まってますでしょう?」

 結婚生活のあれこれが蘇り、ビアンカはムカムカしてきた。

「ご自身がどんな夫だったか、胸に手を当ててお考えくださいませ。新婚当初から、浮気し放題だったくせに!」

 だがそこで、テオはなぜか嬉しげな笑みを浮かべた。

「そうか。君は妬いていたんだな」

 この男を伴侶に選んだかつての自分を、ボコボコにぶん殴りたいと、ビアンカは思った。

「人としての行いについて言っています! 挙げ句には、ジェンマにまで手を出すだなんて!」
「ジェンマとは?」
「白々しい。私の侍女ですわよ!」

 ボルテージの上がったビアンカだったが、テオは突然、表情を改めた。

「ああ、あの女か……。ビアンカ。このことは、一度説明せねばと思っていた。確かに僕は、度々浮気をした。だが、彼女に関しては僕は無実だ。あれは、向こうが誘ってきたのだ」