「ええ。素晴らしいですわ」

 ビアンカは、慌ててステファノから視線をそらした。こんな風に至近距離で微笑まれるなんて、心臓に悪すぎる。料理番の仕事に徹しようとしているのに、気持ちが揺らぎそうになるではないか。決意に反して、恋をしてしまいそうだ。

(いえ。恋なら、もうずっと前からしているのよね……)

 やり直し前の人生において、デビュタントボールでステファノから微笑みかけられて以来、ビアンカはずっと彼に憧れてきたのだ。叶わぬものとして、封じ込めてきたけれど……。

「この魚のフリッターも、実に美味だ」

 ビアンカの胸の内など知る由もなく、ステファノは満足そうに料理を口に運んでいる。

「美味いだけでなく、肉体作りにも有効な料理を作れるとは、そなたは実に優秀な料理人だな」
「もったいないお言葉でございます。海沿いの地域ゆえ、新鮮な魚という食材に恵まれただけのことです」
「そう謙遜せずともよい」

 ステファノは、どの料理も気に入った様子で完食した。彼は、使われている食材が体作りにどういう効果をもたらすのか、細かく質問した。

「そうか。筋肉だけでなく、骨もまた重要ということだな。ヨーグルトには、それを助ける作用があるということか」

 デザートを食べ終えながら、ステファノは真剣に頷いた。

「良い勉強になった。このように、食材についていちいち考えながら食事を取ったのは、初めてだ」
「それは、よろしゅうございました……。ですが」

 ビアンカは、ちょっとためらってから続けた。

「食事において最も大切なのは、楽しむことかと存じます。リラックスして食べることで、栄養分は、より吸収されやすくなるかと」

 スプーンを口に運んでいたステファノの動きが、一瞬止まる。生意気だっただろうか、とビアンカは恐る恐る彼の顔を見た。

「……なるほど」

 ステファノは、意外にも笑みを浮かべていた。

「では、そなたに毎回同席して欲しい」
 
 聞き違えたかと思ったが、ステファノはこう繰り返した。

「ビアンカ嬢には、私が食事を取る際は、毎回こうして側にいて欲しいのだ。そなたの話は楽しいし、おかげで私はリラックスできる。……栄養の吸収には、それが良いのであろう?」

「私でよろしければ、お供させていただきます」

 ビアンカは、消え入りそうな声で答えた。神への感謝の念で、胸はいっぱいだった。人生をやり直せた上、こんな幸福を与えていただいたのだ。たとえ、一週間の短い夢だとしても。