ビアンカの就職先は、割とすぐに見つかった。隣の領地にある騎士団寮の、住み込み料理番だ。そこの領主・ボネッリ伯爵とビアンカの父が、旧知の仲だったためである。ちなみに、自分の領内に娘の就職先を決めなかったのは、父の小さな見栄であった。大差ないだろうと思うが、父としては、娘を働かせている姿を、絶対領民には見せたくなかったようだ。

 ただ、住み込みになるということには、父もさすがに難色を示した。その寮には、若い独身男性騎士が五人住んでいるそうなのだ。だが母は、それを聞いてやけに賛成した。そしてボネッリ伯爵も、ビアンカに危険はないと、妙に自信を持って告げた。彼は、こう言っていた。

『ビアンカ嬢には、ちゃんと鍵のかかる個室をご用意しますし……。第一奴らに、そんなエネルギーはありませんから』

 今ひとつ意味はわからなかったが、料理という自分の特技を活かせることに、ビアンカは満足した。こうして話はトントン拍子に進み、ビアンカはボネッリ伯爵領へ向けて出発することになったのだった。

 出発当日、ビアンカは父と共に馬車に乗り込んだ。母とジェンマ、二人の妹たちは、別れを惜しんでくれた。

「お姉様、本当に社交界へはデビューなさらないのですか?」
「私たちに遠慮なさらなくても、いいのですよ?」

 気遣わしげな妹たちに、ビアンカは諭すように言った。

「ルチア、スザンナ。いいのよ、これが私の選んだ道なの。あなたたちが無事デビューできるのを、祈っているわ……。でもね、一つだけ注意なさい。男性を、見た目で選んではダメよ。表面的な優しさに、誤魔化されてもいけないわ。どういう人物なのか、しっかり見定めないと、後で後悔する羽目になるわよ?」

 妹たちは、怪訝そうな顔をした。

「ええ、お姉様……。何だか、ずいぶん真実味のあるお言葉ですわね」
「まるで、そういうご経験があるみたい」

 横で聞いていた父が、ハッと顔色を変える。

「ビアンカ、まさかとは思うが、お前はすでに男性との交際経験が……」
「あるわけございませんでしょう!」

 ビアンカは、キッと父をにらみつけた。現時点では、と心の中で付け加える。

「それよりも、ルチアたちが結婚する際は、相手のお家をよーくお調べくださいね。裕福そうに見えても、実態は火の車、なんてこともございますから。くれぐれも、うわべのリッチさに誤魔化されませんように!」

「わ、わかった……」

 ビアンカに気圧されたらしく、父はこくこくと頷いたのだった。