奇しくも今日再会した、テオの姿が蘇る。相変わらずの高慢さだった。まるで当然のように、ビアンカを再び妻にすると決めてかかって……。そもそも、テオが殴りつけたから、ビアンカは頭をぶつけて死ぬ羽目になったのだ。よく考えたら、その詫びも言われていない。

(アントニオさんは、彼とは違うとわかっているけど……)

「悪い。焦りすぎたな」

 悩むビアンカを見て、アントニオはふっと苦笑した。

「い、いえ! ごめんなさい。その、アントニオさんのことは、優しくて素敵な男性だと思ってるんです。でも個人的に、結婚はしたくないと考えていて……」

 逆行転生の話はできない。曖昧な言い訳だったが、アントニオは、追及することはしなかった。

「ま、そう言われるとは思ってたけどね。でも俺は、最初に会った時から、君に参っちまってるから。窓から侵入してまで料理研究をしようだなんて、こんな面白い子は他にいないだろう」

 その時のことを思い出したのか、アントニオはクスクスと笑った。

「君がどうして結婚したくないのかは知らないけど、気持ちが変わるのを気長に待つよ……。ああ、そうそう。殿下ご滞在の最終日に、武芸試合が行われるという話は、聞いた?」

 ビアンカは、ドキリとした。

「え……、ええ」
「応援してくれるかな。剣には、自信があるんだ」
「もちろんです」

 ビアンカは、力強く頷いた。アントニオが、冗談めかして言う。

「プロポーズにイエスの返事をもらえたら、死ぬ気で頑張れそうだけど。優勝を狙えるかもな」
「アントニオさん……」

 ビアンカは、思わずアントニオのアメジスト色の瞳を見つめていた。

「嘘だよ。それとは関係なく、頑張るから」

 アントニオがスッと立ち上がり、寮内へと戻って行く。ビアンカは、己を恥じた。わずか一瞬ではあったが、悪魔の囁きが聞こえたのだ。

(もし求婚を承諾したら、本当に優勝を狙ってくれるのだろうか。彼が優勝すれば、私のメニューは採用される……)

 でも、そんなのは間違っている。アントニオと本気で結婚したいわけでもないのに、彼を利用するわけにはいかなかった。

(こんな不純なことを考えるから、ドナーティ様にも信じてもらえないのよ)

 ビアンカは、自らを戒めた。あくまでも、料理の腕一筋で勝負するのだ。ひたむきに努力していれば、ドナーティや他の者も、いつか認めてくれるはずだ。

(そのためには……)

 ビアンカは、とある決心をしていた。