着られそうなドレスを手配することで頭がいっぱいで、そこまで気付かなかったのだ。しかもご丁寧に、母からは黒翡翠のイヤリングまで借りてしまった。ビアンカは、震える声で言った。

「確かに仰る通り、我が家は貧乏です」

 全員が、沈黙する。

「ですから、このドレスは知人に借りました。装飾品は、売ってお金に換える寸前の品です。晩餐会に出席するのに、恥ずかしくない装いをするのに精一杯で、殿下のカラーか否かを気にする余裕もございませんでした」

 ボネッリ伯爵が、気の毒そうにこちらを見る。彼が助け船を出す前に、ビアンカは言い放った。

「でも、それが殿下や皆様をご不快にさせたのなら、申し訳ございませんでした。今すぐ、使用人服に着替えて……」

「不快ではない」

 ステファノの声が響いた。皆が、一斉に彼に注目する。ビアンカも、耳を疑った。

「ビアンカ嬢の事情は承知した。言いづらいことを、よく打ち明けてくれたと思う。……そして、その衣装はそなたにとてもよく似合っている。着替えるなどと、残念なことを申すな」

「あ、ありがとうございます……」

 不覚にも、涙がこぼれそうだった。だが、ここで泣いたら、同情を引く目的かと思われそうだ。ぐっと歯を食いしばっているビアンカを、ステファノはしばらく黙って見つめていたが、やがてドナーティをチラと見た。

「ドナーティ。いくら議論しても、そなたとは平行線のようだな……。ここは一つ、賭けをせぬか」

「賭け、でございますか」

 ドナーティは、驚いたように目を見張った。

「さよう。要は、ビアンカ嬢が騎士たちの体力増強に貢献したことが、証明されればよいのだろう? 私はこの地に一週間滞在するわけだが、最終日には、武芸試合が行われる予定であったな……」

 ステファノは、アントニオの絵を拾い上げた。

「この男が、最も肉体改造に成功したのであろう? もし彼が、試合で優勝すれば、ドナーティはビアンカ嬢の成果を認めよ。その場合、私及び王立騎士団の今後の食事は、彼女の作った献立に従うこととする。これは命令だ」