「ど……どうしてです!? あなたまで……」
「ニコラだよ」

 テオは、苦々しげに呟いた。

「あの時君は、置物に頭をぶつけて死んだ。それに逆上したニコラは、フライパンで僕を殴ったんだ。死んだかと思ったら、過去に戻っていたから驚いたね」

 唖然とするビアンカをよそに、テオはぶつぶつ文句を言っている。

「君のデビューを待っていたというのに、待てど暮らせど現れないし! しびれを切らして調べたら、何と騎士団寮で料理番として働いているというじゃないか。だから、こちらから来てやったさ」

 恩着せがましい口調に、ビアンカはムッとした。

「そもそもですが、テオ様。あなたに、こちらに来ていただく理由はございませんが? 何のご用です?」

 アイスブルーの瞳を見開いて、テオが呆れたような表情をする。

「決まっているだろう。求婚だ」
「きゅうこん!?」

 これはパルテナンド王国の言葉だよね、とビアンカは自問自答した。『求婚』というフレーズが、頭に入って来ないのだけれど。一方テオは、強引にビアンカの手をつかんだ。

「さあ、さっさと王都へ戻って、我が家へ来るんだ。……ああ、君の父親に挨拶せねばいけなかったか。二度も結婚の申し込みをするなんて、何て面倒なんだ」

「ちょっと、待ってください!」

 ビアンカは、テオの手を振り払った。この男は、とんでもない誤解をしていないか。

「私、この新しい人生では、結婚する気はありません。少なくとも、またあなたの妻になるなんて、まっぴらごめんです。料理番として働いているのは、そのためです!」

 せっかく人生をやり直せたというのに、何が悲しくて、あの悲惨な結婚生活をまた送らねばならないのか。だがテオは、さっぱり意味がわからない様子だった。

「君は、僕の妻になるんだ。決まっているだろう」
「絶対に、嫌です!」

 ビアンカは、キッとテオをにらみつけた。

「どんな運命の悪戯かは存じませんが、お互いに、人生をやり直す機会をいただいたのです。あなたは、別の女性をお探しください。ただし、その方を幸せになさるのですよ!」