(若返られた……? まあ、当然か)

 テオのシルバーの髪と、アイスブルーの瞳は健在だった。夫人を伴っていないところを見ると、まだ独身なのだろうか。この先他の女性と結婚するなら、その人のことは是非大切にして欲しいな、とビアンカは思った。

(それにしても、どうして私をご覧になってるのかしら)

 一瞬不思議に思ったものの、ビアンカは深く気にしないことにした。気の迷いにせよ何にせよ、貧乏子爵令嬢であるビアンカを、一度は娶ろうと考えたのだ。どこかしら、気に入る部分があったに違いない。となれば、今回も興味を持ったとしてもおかしくはなかった。

 それよりもビアンカは、出て来る料理に興味津々だった。海沿いならではの、魚料理が満載である。とろっとした海亀のスープに、サーモンのパテ、香ばしい焼魚……。

(特に、このパテが最高ね。味付けを、教えて欲しいものだわ)

 それにしても、とビアンカは残念な思いで周囲の女性たちを見やった。せっかくのご馳走なのに、皆ほとんど口を付けないのだ。ダイエットでもしているのだろうが、もったいないこと甚だしい。

(要らないなら、持って帰って皆に食べさせたいけど……、さすがにそんな真似はできないわね)

 残った料理は、この屋敷の使用人たちの腹に収まるのだろう。気のせいか給仕たちも、ぎらんぎらんした目で夫人たちの皿を見ている気がする。

 その時だった。斜め前に座っていた夫人が、チラとビアンカを見た。何だか、冷ややかな笑みを浮かべている。

「ずいぶん食欲旺盛でいらっしゃるのね。ガツガツと、みっともないこと」
「美味しいので、食が進みましたの」

 ややムッとしながら、ビアンカは答えた。これでも、食事のマナーくらいちゃんとわきまえている。そんな言い方をされる筋合いはない。

「せっかく作っていただいた料理ですもの。残す方が、失礼だと思いますわ」
「だからと言って……、ねえ? 普段は、どんなつましい生活をなさっているのかしら」

 夫人は、辺りを見回すと、同意を求めた。皆彼女に賛同したらしく、クスクスという嘲るような笑いが漏れる。女主人であるボネッリ夫人は、慌てたように割って入った。

「こちらのビアンカ嬢は、料理研究に熱心でいらっしゃいますのよ。ですから、今夜のメニューにもご興味がおありなのでしょう。主催者としては、光栄に思いますわ」

 ボネッリ夫人としては、精一杯フォローしたつもりだろうが、周囲の嘲笑はいっそうひどくなった。

「まああ、貴族令嬢ともあろうものが、ご自身でお料理ですって? 信じられませんわ。一体、どれほど困窮したご家庭なのかしら」
「来るべき場を、間違えたのではなくて?」
「施して差し上げましょうか?」

 ボネッリ夫妻は、おろおろしている。もう我慢の限界だった。ビアンカは、大きな声で言い放った。

「確かに、我が家は裕福とは言えません」

 一瞬、その場が凍り付いた。

「ですから私は、料理番として働きに出ました。ですがそれは、嗤われるべき行為でしょうか? 自分で稼いだお金でご飯を食べるというのは、当然のことではありませんか。人が丹精込めて作ってくれた料理を、ろくに口を付けもせずに廃棄処分にさせるあなた方の行動よりは、遙かに真っ当だと思いますが!」