「へえ、チロさんて、絵がお上手なんですね!」

 ビアンカは、感心した。落書き程度だが、そこからは筋肉の増加がはっきりと見て取れた。

「ビフォア・アフターってとこか。いいじゃん」

 ジョットも頷く。マルチェロは、クスリと笑った。

「ところでこれ、アントニオがモデルじゃね?」

 ああ、とチロがあっさり頷く。

「団長だからってこともあるけど、一番変化がめざましいだろ。一週間で、本格的に仕上げてみようか」
「王子殿下もびっくりだな」

 ジョットは可笑しそうに笑った後、あっと声を上げた。

「そうそう、小耳に挟んだんだけど。ステファノ殿下は、ここの騎士団にかなり興味を持っておられるらしいな。優秀な者を一人、王都に引き抜くことも考えてらっしゃるとか」

 へええ、と一同が目を丸くする。

「じゃあ、この絵をご覧になったら……」
「あり得るかも。アントニオは、剣の腕も立つし……」

「止めろ」

 低い声が響いた。アントニオ本人だった。今まで見たこともないほど、険しい顔つきをしている。

「俺ごときの実力でスカウトされるとは、思っちゃいない。だが万一そんな話が持ち上がれば、俺は絶対に辞退する。それから、絵のモデルは他の奴にしろ」

 チロは、困惑顔になった。

「でも、団長を差し置いて他の奴を描くってのも……」

 ジョットは、すまなさそうな顔をした。

「悪い。俺が、余計なことを喋ったから……。でも、絵のモデルくらい協力してやれよ。ビアンカちゃんのためだぞ?」

「たとえビアンカのためでも、俺は王室とは、一切関わりたくないんだ!」

 吐き捨てるように言うと、アントニオは席を立った。そこへ立ち塞がったのは、何とエルマだった。

「アントニオ。あんたの事情は、あたしも承知してる。それでも、これ以上王室を軽んじるような発言をしたら、あたしは許さないよ!」

 エルマは、アントニオの頬を激しく打った。