「どうしてもエルマが気になるなら、俺が今やって来よう」

 アントニオは、工具を拾い集めると、出て行った。もうエルマは、何も言わなかった。ビアンカは、そんなエルマの膝を持ち上げると、下に枕をあてがった。すると彼女は、ぼそりと言った。

「もうちょっと高い方がいい」
「じゃあ、私の枕も持って来ますね!」

 ビアンカは、即座に駆け出した。エルマが甘えてくれたことが、何だか嬉しい。枕を抱えて戻って来ると、エルマはぶつぶつ言った。

「アントニオは、ちゃんとできるのかねえ。マルチェロよりも、不器用だからねえ」
「じゃあ、マルチェロさんが戻った時に、補強してもらいましょう」
「それから、ランタンが点けっぱなしだ……」
「消すように、言っておきますから」

 もうネタが尽きたのか、エルマが黙り込む。ビアンカは、枕をエルマの膝下に追加すると、寒くないよう毛布をかけてやった。

「痛みが落ち着いたら、マッサージをしてあげますね。昔、同じようにぎっくり腰の人に、やってあげていたんです」

 使用人に冷たかったテオは、庭師に治療を受けさせるのを嫌がったのだ。それでビアンカは、自ら腰痛用マッサージを習得して、庭師に施してあげたのである。

 エルマは、しばらく黙り込んでいたが、やがてぽつりと言った。

「あんたは、いい子だね」
 
 ビアンカは、耳を疑った。エルマが、しゅんとうつむく。

「何だか、怖かったんだよねえ。こんな風に老いぼれて、腰痛まで発症して。その上、あんたみたいに若い子が入って来たら、もうこの寮に、あたしの居場所はない気がして……」

 まさかエルマが、そんなことを考えていたとは思わなかった。ビアンカは、唖然とした。

「だから、あんたのことをなかなか認められずにいた。必要以上に冷たくあたって……。それでもあんたは、こんなあたしに優しくしてくれる。……本当に悪かったよ、今まで」

「エルマさん!」

 ビアンカは、思わずエルマの手を取っていた。

「居場所がないなんて、そんな風に言わないでください! この寮は、エルマさんがいらっしゃらないと、回らないじゃないですか。買い出しや料理だって、私はまだまだです。エルマさんに教えていただかないとできないことが、たくさんあります。だから……、ずっとここにいてください。腰痛くらい、すぐ治りますよ」

 一瞬、エルマの瞳は潤んだように見えた。それを隠そうとしてか、彼女は大きな声を上げた。

「そりゃあ、まだまだだね」
「ハイ。いろんなことを、教えてくださいね」

 ああ、とエルマが頷く。ややあって、彼女は言った。

「まあでも、あんたに辛くあたったのは事実だ。何か、詫びをさせてくれないかい。あたしにできる範囲で、頼みを一つ聞いてやるよ」

 ビアンカは、にっこり微笑むと、即座に答えた。

「じゃあ、鶏飼ってください」