「まったく、思いませんね!」

 ビアンカは、力を込めて叫んでいた。あまりの大声に、アントニオがびくりと肩を震わせたのがわかる。

「社交界なんて、あーんなつまらない場所はありませんよ。中身のない、それでいてプライドだけは一流の男性しかいませんもの。もったいぶった薄っぺらい会話を交わして、それで自分たちが上流の人間のような錯覚をしているんです。そんな男性と結婚したって、不幸な未来しか待ち受けていませんよ」

 久しぶりにテオのことを思い出して、ビアンカはムカムカしてきた。アントニオは、怒濤のようにまくし立てるビアンカを呆然と見つめていたが、やがて我に返ったようだった。

「君、デビューもしていないのに、社交界のことをよく知っているんだね。まるで、その場にいたようだ」
「はっ? あ、いや……。そういうものだと、聞いたのです」

 ビアンカは、慌てて取りつくろった。アントニオが、ちょっと首をかしげる。

「そう。じゃあ、取りすました貴族男性は苦手ということかな。違うタイプの男なら、好きになれそう?」
「ええ」

 ビアンカは、大きく頷いた。

「この騎士団寮の皆さんは、全員いい方です。とても、好ましいですわ!」
「……それは、どうも」

 何だか消沈した様子で、アントニオがジョッキをあおる。彼は、窓の方を見て、ふと眉をひそめた。

「ああ。ずいぶん、風が強くなってきたな。寮の方が心配だ」
「どうしてです?」
「裏庭に通じるドアが、調子が悪くなってきていてね。エルマの腰痛が最近ひどいから、修繕を頼むのを遠慮していたんだ。非番の日に、マルチェロにでもさせようかと思っていたんだが……」

 マルチェロは明日非番と言っていたな、とビアンカは思い出した。そして、実家へ帰るとも。

「ねえ、アントニオさん。早く帰りませんか? エルマさんが、無理して修繕しようとされていたら、危ないですよ」

「無茶はしていないと思うが。風も、まだこの程度だし……」

 そうは言いつつも、アントニオは席を立った。急ぎましょう、とビアンカは言った。何だか、胸騒ぎがしたのだ。