「えーと。何か、悪いな」

 アントニオは、ビアンカの方を見て苦笑した。

「大勢で賑やかな方が、よかったか?」
「正直、どちらでも構いません。今は、鶏問題で頭がいっぱいですので」
「……あ、そう」

 アントニオは、ちょっと肩を落としたように見えたが、気を取り直したようにメニューを見せた。

「もう一杯飲むか? といっても、ここの二杯目は、泡が九割になるけど」
「いただきます!」

 アントニオは店員を呼ぶと、ビール二人分を注文した。程なくして、運ばれて来る。膨大な泡の、ふわふわした感触を楽しんでいると、再びアントニオが尋ねてきた。

「でも、どうしてそんなに卵にこだわるんだ? 俺たちとしては、肉が食えるだけで十分だけど」

 それが癖らしく、彼は綺麗なアメジスト色の瞳をしばたたかせている。

「卵には、筋肉作りに有効な成分が含まれていますから。それに、産みたて卵を、朝に摂っていただきたいんです。朝は、調練をされるんでしょう? 空腹で運動なんかしたら、筋肉はどんどん減っちゃいますよ」

「そうなんだ。朝飯抜きに慣れすぎてるから、急に食べたら、体が重くなって動けねー、とか言う奴が出て来そうだけどな」

 アントニオは、冗談めかして笑った。

「ところで、前から思っていたんだが。ビアンカは、そういう知識をどこで身に付けたんだ?」

「兵役経験のある知人がいて、その人に教わったんです」

 正直に答えたのだが、アントニオの表情はふっと曇った。

「ということは、男性?」
「はい」

 やり直し前の人生で、料理番として雇っていた男性です、などと説明するわけにはいかない。ビアンカは、シンプルな返答をした。アントニオはしばらく黙り込んでいたが、意を決したようにビアンカの瞳を見た。

「立ち入ったことを聞くけれど……。ビアンカは、社交界デビュー経験がないんだよな? どうしてだい。結婚しようとは思わないの?」