「あんまりなお言葉でございます!」

 ビアンカは、怒りに震えた。これまでチェーザリ家のために、身を粉にして尽くしてきたというのに。テオの浮気や浪費に文句を言うこともなく、ひたすら黙って屋敷内を切り盛りしてきた……。

「失礼いたします」

 そこへ給仕が、スープボウルを運んで来た。次の瞬間、信じられないことが起きた。テオは、ボウルをひったくると、床へ叩きつけたのだ。

「こんなもの!」

 目を疑った。ニコラが丹精込めたスープが、絨毯を染めていく。無残に散らばった肉や野菜の破片を、テオは踏みつけた。

(何てことを……)

 その瞬間、ビアンカの中で何かが爆発した。ビアンカは、夫を見すえて告げた。

「もう限界です。あなたとは、離婚です」
「……何だと!?」

 意外にも、テオは焦った顔を見せた。どうせ、体裁でも気にしているのだろう。そう考えると、余計腹が立つ。

「本気じゃなかろうな?」
「あいにく、本気です。すぐに、カブリーニの父に連絡を取ります。あなたのこれまでの所業は、全て報告させていただきます」

 テオが、カッと顔を紅潮させる。

「待て! そんなことが許されると……」

 テオが、拳を振り上げる。今度は、ビアンカが目を見張る番だった。散々ひどい仕打ちはされてきたが、暴力を振るわれるのは、初めてだったからだ。

「旦那様!!」

 使用人たちの焦った声と同時に、頬に鋭い痛みが走る。予想以上の衝撃に、ビアンカの体はぐらついた。意志に反して、仰向けに倒れていく。程なくして、後頭部に鈍い衝撃が走った。チェーザリ伯爵家に代々伝わる、格調高き置物が背後にあった、と今さらながら思い出す。いくら貧乏生活とはいえ、さすがに売り払えなかったものだ。

(これなら、売っ払っておくんだった……!)

 そのまま、ビアンカの意識は遠のいていった。最後に目にしたのは、うろたえきったテオの、蒼白な顔だった。