「一体、何?」

 アントニオが、不思議そうに首をかしげる。ビアンカは、エルマを、そして五人の顔を見回してにっこりした。

「鶏を、飼いませんか?」
「鶏!?」

 六人が、一斉に目を剥く。はい、とビアンカは答えた。

「前から、思っていたんです。市場へ毎度卵を買いに行くと、高くついてしまいます。裏庭で飼えば、毎朝、新鮮な卵が手に入りますよ。それで、皆さんに朝食をお作りしたくて」

 予算内で食事をこしらえたとはいえ、さすがに朝食まで作る余裕はなかったのだ。産みたてホカホカの卵で、皆にオムレツを作ってあげたいと、ビアンカは考えている。

「嫌だね」
 
 開口一番反対したのは、やはりエルマだった。

「あんな騒々しいもん飼ったら、早くに目が覚めちまう」
「年を取ると自然に早起きするって、前に言ってたよね」

 ファビオが、ぼそりと呟いた。エルマは一瞬つまったものの、「それに」と続けた。

「餌代は、どうするつもりだい? 馬鹿になんないよ。第一うちには、小屋もないじゃないか」
「あ、小屋なら俺が作るよ」

 マルチェロが、挙手する。メンバーの中で一番手先が器用だという彼は、エルマを助けて大工仕事をちょいちょいやっているのだ。ビアンカは、補足した。

「餌代のことは、確かに私も悩みました。でも私は、どうしても皆さんに朝食を召し上がっていただきたいんです! 歓迎会代を、初期費用に充てていただいて、その後不足が出たら、私のお給料から差し引いてください」

 皆が、絶句する。沈黙を破ったのは、アントニオだった。

「いや、まずだな……。肝心の鶏は、どこから調達する?」
「あー、それならアテがある」

 ぼそぼそと言い出したのは、普段はおとなしいファビオだった。

「知り合いで、譲ってくれそうな人がいるんだ。頼んでみようか?」

 おおお、と騎士たちはがぜん盛り上がり始めた。「朝食なんて、いつぶりだろう」「どんな感じだっけ」といういささか情けない呟きが聞こえる。だがエルマは、彼らに一喝した。

「ダメだ! 餌代問題が、解決してないだろうが。給料から差し引くとはいうが、そんないい加減な見通しで許可するわけにはいかないね」

 キッパリと切り捨てると、エルマはもう終わりとばかりに部屋を出て行った。ビアンカは、しゅんとうなだれた。

(いいアイデアだと、思ったんだけれど……)

 確かに餌代は、大きなネックだ。専用の予算を組んでもらえればいいのだろうが、さすがにそんな厚かましい申し出はできなかった。五人は、しばし気遣うようにビアンカを見つめていたが、やがてジョットが口火を切った。

「まー、鶏問題はひとまず保留ってことで、取りあえず今夜は飲まない?」
「だな」

 他の四人も、頷く。こうなった以上は、ビアンカも彼らの厚意に甘えることにしたのだった。