パルテナンド王国ゴドフレード二世の弟・ステファノと、カブリーニ子爵令嬢ビアンカの結婚式は、王都で最も大きい聖堂にて、盛大に始まった。聖堂内はもちろん、その周辺もまた、大勢の人で賑わっていた。皆、祝福しようと詰めかけたのである。

 荘厳な鐘の音が鳴り響く中、ビアンカは父にエスコートされて、聖堂内へと入って行った。新郎側の席には、ゴドフレード国王夫妻をはじめ、王族が勢ぞろいし、厳粛な雰囲気だ。ドナーティを筆頭とする王立騎士団のメンバーや、チロの姿も見える。

 新婦側には、母と妹たち、それぞれのパートナーたちはもちろん、ボネッリ伯爵やコリーニの姿も見えた。マルチェロとファビオも、駆け付けてくれている。ビアンカは、懐かしい思いで彼らを見やった。

 祭壇の前では、愛しい男性が、微笑みながらビアンカを待っている。ビアンカははやる気持ちを抑えて、一歩一歩歩いた。幸いにも父は、卒倒も転倒もすることなく、無事祭壇まで送り届けてくれた。ここが一番の難関だと思っていたので、途端に気が抜けそうになる。

(いやいや、ここからが本番よ!)

 司祭に促され、ステファノとビアンカは、互いに名を呼び合い、宣言した。

「病める時も、健やかなる時も、愛をもって生涯お互いを支え合うことをここに誓います」

 ステファノがおもむろにヴェールを上げ、口づける。わあっと、歓声が沸き起こった。

(幸せだわ……)

 ビアンカは、しみじみ思った。人生をやり直して、色々な波乱を乗り越えて、ついにここまで来た。愛する人の、妻になれたのだ……。

「大丈夫か?」

 ステファノが、小声で尋ねる。

「あとは、王宮へ帰るだけだからな。くれぐれも、気を付けるように」

 差し出された腕にすがって、ビアンカは入って来た扉に向かって歩き出した。ふわふわと、夢を見ているようだった。

 だが、一歩聖堂の外へ出ると、そこには大勢の娘たちが待ち構えていた。口々に叫んでいる。

「おめでとうございます!」
「ビアンカ様、私にブーケをくださいませ!」

 皆、ブーケトス目当てらしい。幸運にあやかりたいのだろう。ステファノが、心配そうにこちらを見る。

「無理はするな。省略してもいいから」
「あら、投げるくらい平気ですわ。どなたかに、幸運が行き渡るかもしれませんもの」

 誰に渡るだろう、とわくわくしながら、ビアンカは後ろを向いた。えいっと投げようとした、その時。

 ビアンカは思いきり、ドレスの裾を踏んづけていた。意志に反して、体が地面へと倒れ込んでいく。嘘でしょ、とビアンカは思った。転倒はビアンカにとって、この上なく嫌な思い出だ。

(お願い。ここでまた、時が戻ったりしないで。私には、守りたい大切なものがあるの。ステファノ様と、この子よ……!)