「ビアンカに、これを贈りましょう」

 母が、小箱を手に近付いて来た。開けた中には、パールのネックレスが収められていた。

「ステファノ殿下の方で、きっと高価な装飾品をご用意されているとは思ったのだけれど……。これは、カブリーニ家に代々伝わる物ですから。今日という日に、着けてほしかったの」

「まあ、ありがとうございます。胸元が開いていると思っていたのですよ。ぴったりです」

 ビアンカは、早速ネックレスを母に着けてもらった。

「いやいや、美しい花嫁姿で、感激だよ。体調はどうだ? 式は、無事こなせそうかね」

 心配そうに、父が尋ねる。大丈夫です、とビアンカは答えた。

「教会へ行くだけですもの」

 ビアンカの状態に配慮して、祝宴やパレードは、一切中止になったのだ。王族の結婚式としては異例だが、ステファノとは、教会で挙式するだけに留めるのである。

「その質問は、あなたにさせていただきたいですわよ。エスコートは、無事こなせるのですか?」

 母は、眉間にきついしわを寄せた。妹たちも頷く。

「ちゃんと、ステファノ殿下の元までお姉様をお連れしてくださいね?」
「卒倒したり、教会の通路で転倒なさったりしたら、承知しませんわよ!」

 皆でわあわあ父に詰め寄っていると、ノックの音がした。チロとアントニオであった。二人とも、布をかけた大きな板のようなものを抱えている。どうやら、絵らしかった。

「今いいかな? 遅くなったけど、結婚祝いを持って来たんだ」

 ニコニコしながら、チロが言う。

「皆おそろいだし、ちょうど見てもらおう。気に入ってくれるといいんだけど」

 アントニオが、持っていた絵をチロに託す。チロは、同時に二枚の絵の布をめくった。一拍おいてから、歓声が上がる。

「すごい!」
「いつの間に!?」

 それは、ステファノとビアンカ、それぞれの肖像であった。ステファノの方は、戦場らしき場所で剣を振るっている姿、そしてビアンカは、厨房で料理をしている姿だった。

「勝手に描いて、気を悪くされないかと思ったんだけど。俺としては、お二人がそれぞれ、一番イキイキされている姿を描いたつもりなんだ」

「素晴らしい」

 そこへ、不意に声が響いた。全員が、ハッと振り向く。ステファノが、いつの間にか部屋へ入って来ていたのだ。

「……殿下」

 慌てて、チロがかしこまる。ステファノは、彼に微笑みかけた。

「実に気に入った。早速今夜から、寝室に飾るとしよう」
「私も、とても気に入ったわ。ありがとう」

 ビアンカも、弾んだ声で礼を述べた。絵の中のステファノは、実物さながらに雄々しかったのだ。まるで今にも抜け出てきそうなほどの躍動感に満ちた様子で、剣を振りかざしている。

(この絵に、恋してしまいそう。いえ、実物はここにいらっしゃるのに、変な話ですけどね……)