「お、ビアンカちゃんは、王子ファンなの?」

 ジョットが、面白そうに目を輝かせる。違いますよ、とビアンカは力んだ。

「それまでに皆さんには、しっかり食べて体を鍛えていただきたいからです! うちの騎士団はすごいと思っていただきたいんですよ。殿下だけでなく、地域の人たちにも」

 ステファノのファン、というのも間違いではないが。今のビアンカの中では、その気持ちの方が強くなっていた。『へなちょこ軍団』という陰口が蘇る。過酷な環境でも、これだけ鍛えているのだと見せびらかし、あざ笑った人々を見返してやりたい。昨日来たばかりだというのに、ビアンカはすでに、騎士たちに仲間意識を抱きつつあった。

「何だ。殿下が来られるのは、大体二ヶ月後だよ」
「二ヶ月後ですね!? 頑張ります!」

 ビアンカは、ぐっと拳を握りしめた。それだけあれば、大分改善できるだろう。だがジョットは、ちょっと眉をひそめた。

「張り切るのはいいけどさ……。それ、アントニオの前ではあまり言うなよ」
「なぜです?」
「あいつ、ちょっと理由があって、王室には反発してるから。だから、食生活改善は大歓迎だけど、王子殿下が来られるからって動機は、伏せておいた方がいい」

 すでに言ってしまったが、とビアンカは思った。

「なぜアントニオさんは、王室がお嫌いなんです?」
「それは言えないな」

 ジョットは、かぶりを振った。

「あいつの事情は知ってるけど、俺の口からは言えない。話したくなったら、アントニオの方から話すだろ。……ところで」

 ジョットは、不意ににやっと笑った。

「この揚げ菓子をアントニオが買って来たということは、もしや一緒に買い物に行った?」
「行きましたけど。でも、安売り店を教えてもらっただけですよ」

 何だか誤解されているような気がして、ビアンカは先回りして弁明した。

「ふうーーん」

 『う』音を妙に長く伸ばしながら、ジョットが頷く。そして、やおらビアンカに近寄って来た。

「俺はさあ、アントニオと女の趣味が違って、よかったと思うね。だって、奴の恋愛を応援してやれるから」

「あの、何を言って……」

「というわけで、俺はアントニオを推薦するね! 条件は悪くないだろ? あの通り、見てくれも良いし、実家は名門の家柄だ。性格だって、真面目。俺から見れば、要領悪いんじゃねって気もするけど……」

 とんでもない方向に話が進み、ビアンカは焦った。どう答えようかと思っていると、そこへ厳しい声が飛んで来た。

「ジョット! 何やってるんだね。さっさと、出て行きなさい」

 エルマだった。見つかっちまった、とジョットが肩をすくめる。

「『男子厨房に入らず』って言葉を知らないのかね。ここは、女の場所さ。まったく……」
「え? エルマは入ってるじゃん」

 エルマは無言で、ジョットに華麗な回し蹴りをくらわせたのだった。