半泣きのジェンマを使用人部屋へ追い立てると、母はため息をついた。

「あんな子だとは思わなかったわ。早めに気付けてよかったこと。ルチアの旦那様やジョットさんにも、言い寄りかねないわね」

 以前の人生での経験あってこそですけれどね、とビアンカは内心思った。

「それに、王家の紋章を無断使用して、手紙を偽造する行為に加担したと? 見過ごせないわね。お父様にもご報告するわ」

 母は、深刻に頷いている。そこでビアンカは、ふと気付いた。

「でも、ジェンマがいなくなったら、お母様のお支度を手伝う侍女がいなくなりますわね。新しく雇わなければ」

 このカブリーニ家に、侍女はジェンマ一人だったのである。すると母は、意外なことを言い出した。

「ルチアにやってもらうわ。あの子、仕立てだけでなく、ファッション関係は全て網羅したのよ。着付けもヘアメイクも、全部こなせるようになったの」

「まあ、それはすごいわ」

 妹の成長ぶりに感心しながら、ビアンカは母と共に、再びパーテイー会場へ戻った。だが会場内は、何やら妙に静まり返っている。先ほどまで盛り上がっていたのに、とビアンカは不審に思った。するとスザンナが、手招きした。

「お母様、お姉様。何をしてらしたのです? プロポーズの瞬間を、見逃されましたわね」
「プロポーズ!?」

 誰が、誰にだ。コリーニとエルマかと思ったが、そうではなさそうである。そこでビアンカは気付いた。全出席者が、ルチアに注目していることに。そしてルチアの視線の先は……、アントニオに向かっていた。

「アントニオさんの考えてらっしゃることは、わかっています」

 ルチアは顔を赤らめながらも、しっかりとした口調で言葉をつむいだ。

「私を、ビアンカお姉様の代わりにしたくはないのでしょう? けれど私は、たとえそうでも構いません!」

 何と、とビアンカは目を剥いた。スザンナが囁く。

「ルチアお姉様、アントニオさんに逆プロポーズをなさったのですわ」

 ビアンカの頭は、遅ればせながら回転し始めた。それでルチアは、クラリッサに会いに行ったのか。王都に好きな男性がいるらしい、とも聞いた。

(アントニオさんのことだったの……?)

「ビアンカお姉様、まさかご存じなかったのですか?」

 呆れたように、スザンナが言う。

「武芸試合の時、ルチアお姉様は、アントニオさんに一目惚れなさったのですわ。彼はビアンカお姉様をお好きだから、遠慮なさっていたのですけれど……。決勝戦の前なんて、もう大興奮でしたわよ。それで、ええと、レオーネ様だったかしら。彼の靴を踏んづけて、お怒りを買ったのですけれど」

 そういうことだったのか、とビアンカは当時のことを思い出した。そういえば、夫人に糸を引っ張られ、ドレスが破けて下着姿をさらすはめになったのだっけ。

(ええ、まあ、根に持ってはいませんけどね……)