「そうそう、ボネッリ様」

 母が、大慌てで話題を変える。

「ご相談がありますの。スザンナったら、結婚後も引き続き騎士団寮で働くと申しておりまして。ジョットさんはカブリーニ家に入られるわけですし、それでは夫婦バラバラになってしまいますわ。その件、一度話し合いたいと思っていたのですけれど」

「そうなの?」

 ビアンカは、眉をひそめてスザンナを見た。困ったような顔で、スザンナが答える。

「せっかくエルマさんにご指導いただいて、料理番の仕事も大分こなせるようになってきましたのに。一人前になったとたん寮を離れるなんて、できませんわ」

 真面目なスザンナらしい。するとボネッリ伯爵は、意外なことを言い出した。

「ああ、それならご心配は無用ですぞ。実は今、騎士団寮の料理番として働きたいというお嬢さんが、次々と我が屋敷に押しかけて来ているのです。スザンナさんの後任には、不自由しないでしょう」

「まあ、そうなのですか?」

 一体どうしてまた、とビアンカは目を見張った。伯爵が微笑む。

「これまた、ビアンカ嬢のおかげですぞ。王弟殿下が料理番の女性を選ばれたという噂が、広まっていましてな。自立して仕事を持つことに憧れる女性が、増えているようなのです」

「お姉様、社会改革をなさいましたわね!」

 ルチアとスザンナは、そろってはしゃいだ声を上げた。伯爵が、エルマの方を見る。

「というわけで、見込みのありそうな女性を、後任とすればよろしいのじゃないかな。エルマ、面接を頼めるか?」
「もちろんですとも」

 エルマは、二つ返事で答えた。

「決まった暁には、ビシバシ鍛えてやるとしましょう。ま、ビアンカほどの根性の持ち主は、なかなかいやしないでしょうがね。何せこの子、食堂に窓から忍び込もうとしたんですからねえ」

「エルマさんが、閉め出すからでしょ!」

 ビアンカが口を尖らせると、周囲は和やかな笑いに包まれたのだった。