「魚のつもりであったが、わかりにくいであろうか?」
「いえ、そのような……。ええ、確かに魚でございますね」

 解説されて、ようやく判明した。ステファノは、満足そうに微笑んでいる。

「この人生でそなたと初めて会った時、晩餐会のメインはサーモンのパテであったからな。思い出の一品、という思いを込めてみた」

 理屈は通っているが、普通は合い言葉か何かを用いるのではないか。そして、この破壊的な下手さは何なのだろう。あれほど武芸には秀でたステファノだというのに、誰しも不得手なことというのはあるものだ、とビアンカは実感した。

「……殿下は、絵がお好きでいらっしゃるのですか?」

 恐る恐る尋ねると、ステファノは照れくさそうな顔をした。

「特に好きではない。あまり得意ではないとも思っている」

 得意ではない、というレベルではないが。ビアンカは、黙って続きを待った。

「だが、そなたは絵が好きで上手であろう? だから、その好みを共有したかったのだ」

 ビアンカは、きょとんとした。

「私も……、いえ、『私は』上手な方ではありませんが。なぜそう思われたのです?」
「パッソーニの絵を描いておったであろうが。あれは秀逸であった」

 そういうことか、とビアンカはようやく合点した。そういえば、説明していなかったか。

「殿下、あれは私が描いたのではありませんわ」
「そうだったのか?」

 ステファノが、きょとんとする。はい、とビアンカは頷いた。

「騎士団寮に、チロさんといって、絵の得意な人がいたのです。彼に描いてもらいましたわ」
「……さようか!」

 なぜかはわからないが、ステファノはパッと顔を輝かせた。

「そうか、そうだったのか。あの絵は、そなたが描いたのではなかったのだな!」

(殿下、何をそんなに喜んでおられるのかしら……?)