確かに、デビュタントボールでステファノと目が合った時、ビアンカは、サンドウィッチを爆食している真っ最中だった。カブリーニ家では縁のなかった、洗練された料理の数々に、夢中になっていたのだ。だがなぜステファノが、それを知っているのか。

「ボネッリ邸の晩餐会で、そなたと『初めて』会った時。そなたが食事をする姿を、私はとても魅力的だと感じたのだ。……そして」

 ステファノは、にっこり微笑んだ。

「この光景を以前にも見たことがある、そんな気がした」

 ビアンカは、目を見張った。

(そんなことが、あるものだろうか……)

「考えてみれば、いろいろと思い当たる節はあるな。チェーザリ伯爵のことは、なぜかずっと虫が好かなかったのだ。これで納得だ」

 ステファノは、うんうんと頷いている。

「それに、パッソーニの勘は当たっておったな。……いや、実は以前、彼がこんなことを言っておったのだ。ビアンカには、男に傷つけられた経験があるような気がする、だから余計、幸せにしてやってほしい、と……」

「へえ……」

 そういえば、とビアンカは思い出した。かつて騎士団寮にいた頃も、アントニオはそんなことを言っていた、勘の良い人だと思ったものだが……。

(彼の気持ちには応えられなかったのに。やっぱりアントニオさんは、優しい人だわ……)

「確かにチェーザリ伯爵は、良い夫とは言えませんでした」

 ビアンカは、ぽつりと言った。

「でも私も、良い妻ではなかったと思います」
「なぜだ」

 ステファノが、眉をひそめる。ビアンカは、思い切って告げた。

「一年半の結婚生活の間で、私は子ができなかったのでございます」

 ステファノが、もしやという顔をする。ビアンカは、こくりと頷いた。

「身ごもる自信がないと申し上げたのには、根拠あってこそです。ですから、なかなかお気持ちにお応えできませんでした……」

 ステファノは、スッと席を立った。落胆させたか、と一瞬怯えたが、彼はビアンカの隣に腰を下ろした。そっと、手を握る。

「子など、授かり物であろう。たまたま、そなたとチェーザリ伯爵の元には訪れなかったのだ」

 ビアンカは、あんぐりと口を開けていた。それはまさに、イレーネから聞いたゴドフレードの台詞と同じであった。イレーネの言葉が蘇る。

 ――ご兄弟だもの。きっとステファノも、同じことを言ってくれると思うわよ……。

「それに。この前も言ったが。私はそなたさえ妻に迎えられれば、子供などいてもいなくても構わぬのだ。側妃も、迎えるつもりはない。だから、安心せよ」
 
 じわりと、胸が熱くなった。