その時、背後の植え込みの陰から、ガサガサという音がした。ビアンカは、思わずそちらを見た。

(何……!?)

 さすがのテオも、動きを止める。次の瞬間、大勢の男たちが姿を現した。王立騎士団の面々だ。そして、その中心で、こちらをにらみつけていたのは……。

「テオ・ディ・チェーザリ伯爵。ゴドフレード陛下の恩赦により釈放されたというのに、どうやら、よほど監獄へ戻りたいと見えるな」

 冷ややかにそう告げたのは、ステファノだった。彼は、地面に落ちていた手紙を拾い上げた。

「ここでの今までの言動、はっきり見聞きした。王族の名を騙り、手紙を偽造した上で、女性に乱暴を働いた。そして最も見過ごせないのは、ロジニアへの機密情報流出示唆だ。極刑をも覚悟せよ!」

 王立騎士団員らが、いっせいにテオを取り囲もうとする。だがステファノは、彼らを制した。つかつかと、テオの前に歩み出る。

 次の瞬間、ビアンカは目を疑った。ステファノはテオの頬を、力任せに殴りつけたのだ。鍛え上げた拳の力はすさまじく、テオはあっさりとバランスを崩した。うめきながら地面に転がった彼を、ステファノは怒りに燃えた眼差しでにらみつけた。

「ビアンカは、お前ごときが触れていい女ではない!」

 地面が震えるほどの勢いで怒鳴りつけると、ステファノは、テオの胸ぐらをつかんだ。テオは、それなりの身長と体格を持つ成人男性である。だがステファノは、まるで人形か何かのように、軽々と彼の体を持ち上げた。そしてためらいもなく、目の前の噴水に放り込んだ。

「連れて行け」

 一言言い捨てると、ステファノはようやくビアンカの方を向き直った。

「あ、あの、殿下……」
「ああ、そなたが、噴水に放り込みたがっているのではないかと思ってな」

(以心伝心というやつ……?)

 一瞬にやけたビアンカであった。