ゴドフレードは、やおらイレーネの方を向き直った。

「順調か? 大分大きくなってきたな」
「ええ。最近は、よく赤ちゃんの動きを感じられましてよ」

 そうか、とゴドフレードは愛おしげに妻の腹を撫でた。

「楽しみになさってくださいませね。きっと、王子ですわ」
「王女も可愛いと思うが? それに、娘の方が育てやすいと言うだろう」

 妻のプレッシャーをさりげなく和らげようとしている、ゴドフレードの気遣いを感じて、ビアンカは心温まるのを感じた。

(本当は、王子だと存じているのですけどね……)

  以前の人生では、イレーネは男児を出産していた。その子がレオナルドと名付けられることまで、ビアンカは知っている。だがそれは、言ってはいけないことだった。

(それに、歴史が少しずつ変わっている気がする。その点でも、うかつなことは言えないわ……)

「それにしても、仕事が山積みだ。甘いものでも食べないことには、やってられん」

 パンケーキを頬張りながら、ゴドフレードはぼやいた。

「ビアンカ嬢。明日から、私のデザートの量は倍にしてくれるか?」
「お止しなさいませ」

 ビアンカよりも先に、イレーネがたしなめた。

「お父上と同じ病になられたら、どうなさるおつもりです?」

 死因を病気と偽ったコンスタンティーノ三世だが、実は本当に糖尿病を患っていたことが、後ほど発覚したのだ。長年にわたる暴飲暴食のせいと思われたが、国王は医師に口止めしていたため、ゴドフレードらの耳には入らなかったのである。嘘から出た実、とでも言うべきか。

「……それは、困るな。ビアンカ嬢、やはりいつもの量でよい」

 ゴドフレードはおとなしく引き下がると、何やら書類を広げた。

「残る仕事は、これだな。カルロッタ夫人の元愛人たちの釈放だ。即位に伴う恩赦、という形を取る」
「確かに、いつまでも捕らえておく必要はございませんわね。陛下が崩御され、夫人も追放された今となっては」

 イレーネも頷く。見るともなしに、ビアンカは書類を見た。噂には聞いていたが、ずいぶん大勢の男性の名前が連なっている。呆れていたビアンカだったが、そのうちの一人の名前に、目は釘付けになった。

 ――テオ・ディ・チェーザリ伯爵。