再び抱きすくめようとするステファノの胸に、腕を突っ張って、慌てて抵抗を試みる。すると頭上からは、案外冷静な声が降ってきた。

「先ほど、一度抱きしめておるから、今さらであろう」

(そういえば、そうか)

 ならいいか、とビアンカは瞳を閉じた。ここが厨房の出口であることは、しばし忘れて、訪れるであろう口づけを待つ。唇に熱い吐息がかかった、その時だった。

「ステファノ殿下!」

 何やら焦ったような声と、バタバタという足音が聞こえる。それは、次第に近付いて来た。

「チッ」

 ステファノは仕方なさげに、ビアンカの体を放した。

(今、チッて仰らなかった?)

 普段の紳士的なステファノとは、えらくギャップがあるのだが。そうこうしているうちに、数名の家臣たちが姿を現した。

「ステファノ殿下! こちらにいらしたのですか」
「お捜ししましたぞ。コンスタンティーノ三世陛下が……」

 慌てた様子で駆け寄って来た彼らだったが、ビアンカの姿を見て、口をつぐんだ。ステファノが促す。

「この令嬢は、間もなく私の妃となる女性だ。気にせず、何なりと申すがよい。父上が、いかがなされたと?」

「はっ。では、恐れながら申し上げます」

 家臣の一人が、前に進み出た。

「パルテナンド王国国王・コンスタンティーノ三世陛下、たった今崩御されました」
「――な、何だと!?」

 さすがのステファノも、目を見開いた。ビアンカも、唖然とした。確かに健康に不安があるとは聞いていたが、突然すぎる……。

「どういうことだ。今朝拝謁した際は、お元気であられたぞ。一体、なぜ亡くなったというのだ?」

 ステファノが、問い詰める。すると家臣は、声のトーンを落とした。

「実は、でございますね。陛下は今宵、パオラ嬢と閨を共にされていたのですが……」

 パオラというのは、カルロッタの次に国王が愛人に選んだ女性である。家臣の声は、いっそう小さくなった。

「その……途中で、心拍異常を起こされたそうで。医師が駆け付けた時には、すでに手遅れでございました」

 いわゆる、腹上死というやつか。国王らしいといえばらしいが。実の息子であるステファノも、ショックというよりは、げんなりした表情を浮かべている。そして家臣は、こう付け加えた。

「パオラ嬢によると、すぐに異変を知らせようとしたのだが、何しろ陛下の体が重すぎたため、下から抜け出るのに難儀したとのことです。そのため時間がかかり、結果、手遅れになったと……」

 肥満体ゆえか。これ以上恥ずかしい死因も滅多になかろう、とビアンカは思った。