(そういえば、そうだったわ……)

 どうして思い出さなかったのだろう、とビアンカは愕然とする思いだった。ゴドフレードとイレーネが結婚したのは、二年以上前だ。ゴドフレードより二歳年下のイレーネは、当時十七歳だった。社交界デビューしていないビアンカにとって、それは遠い世界の話のようだったが。王太子妃ともなれば、きっとプレッシャーはすさまじかったことだろう。

(私は、何て甘えた発想をしていたんだろう……)

「申し訳ありません」

 ビアンカは、頭を垂れた。イレーネが、かぶりを振る。

「私に謝ってもらう必要はないわ。そんなことをしているくらいなら、ステファノに向き合ってあげて」
「はい……、あの」

 ビアンカは、思い切って尋ねた。

「イレーネ様は、どのようにして、そのプレッシャーを乗り越えられたのですか?」
「発想を転換したのよ」

 イレーネは、きっぱりと答えた。

「お子を宿せないなら、他の方法でゴドフレード様のお役に立とうって。救貧院や孤児院を訪れて、慈善事業に精を出したわ。ゴドフレード様には、どうぞご側妃をお迎えくださいと申し上げました。でも彼は、そうはなさらなかった。子は授かり物だから、もう少し待ってみようと言ってくださったの。……そして、この結果よ」

 イレーネは、愛おしげに腹を撫でた。

「ご兄弟だもの。きっとステファノも、同じことを言ってくれると思うわよ?」

 ビアンカは、一気に心が軽くなるのを感じていた。

(やはりイレーネ様って、素晴らしい方だわ。そして、ゴドフレード様も……)

 スイーツを巡ってバトルを繰り広げているから錯覚するが、二人は最高の王太子夫妻だ。それに比べて、とビアンカは自分が恥ずかしくなった。ステファノが側妃を迎えてそちらに子ができたら、自分が愛されなくなるのでは、だなんて。まるっきり、自分のことしか考えていなかった。ステファノの気持ちを、顧みもせずに……。

(決めたわ)

 ビアンカは、大きく頷いていた。勇気を出して、ステファノの求婚を受け入れよう。そして、もし子を宿せなければ、側妃を迎えてもらおう。自分は、イレーネを見習って、他の方法でステファノの役に立つのだ。

(……そう、すなわち、料理)

 ステファノはビアンカの料理を、この世で一番気に入っている、と言ってくれた。自分は料理で、彼を幸せにする。これが、自分のやり方だ。

「ありがとうございます、イレーネ様。おかげで、気持ちが決まりました」

 ビアンカは、すっくと立ち上がっていた。今夜、ステファノに告げようと、胸に誓う。

(殿下を、愛しています。私を、妃にしてくださいませ……)