イレーネの食事を作るため、ビアンカは王宮の厨房へ入った。ここに来るのは、二度目だが、相変わらずの豪華な設備である。前回の、極刑処分がかかったジャンとの料理比べの時でさえ、興奮してしまったくらいだ。何の心配もない今回は、さらにテンションが上がる。ビアンカは、トーンの高い鼻歌を歌っていた。

 イレーネにリクエストを聞いたところ、『好き嫌いはないけど、久々に揚げ物が食べたい!』との返答だった。とはいえ、長く続いたつわりで、胃腸はきっと弱っていることだろう。急に脂っこいものを出すのは、ためらわれた。そこでビアンカが考えたメニューは、白身魚のパテに、野菜のスープ、ブラマンジェ、そしてもちろん、梨のクレープである。

 白身魚は、消化に良いという理由でチョイスした。スープは、人参やタマネギなどの野菜をしっかり煮込んだ上で、豚の脂を加えることでイレーネの要望に応える。ブラマンジェは、チキンをすってペースト状にしたところに、アーモンドミルクで煮た米を混ぜ合わせるという料理だ。消化が良い上に、栄養価も高い。揚げアーモンドを少量添えることで、イレーネも満足してくれるだろう。

 イレーネはつわりが始まって以降、他の人間の食事の匂いが辛いというので、部屋で食事を取る習慣だという。完成した食事を給仕と共に部屋まで運ぶと、ビアンカはイレーネに、軽く料理の説明をした。

「どれも美味しいし、それに、柔らかく調理してあるわね。お腹に優しそうだわ」
 
 満足そうに頷いた後、イレーネはビアンカをチラと見た。

「それにしても、料理のお話をしている時のあなたって、本当に楽しそうね。ご家庭の事情で働きに出られたと聞いたけれど、心底、お料理が好きというのが伝わってくるわ」

「そうでしょうか?」

 ビアンカは、ちょっと赤くなった。

「確かにきっかけは、家の事情ですけれど。でも、お料理は好きです。食べてくださる方のことを考えながら、メニューを工夫するのは、楽しいです」

 するとイレーネは、とんでもないことを言い出した。

「そんなに楽しいなら、私もやってみようかしら」